籠神社
 
御由緒(籠神社編纂による)

神代の昔と言われる遠い上代から、今の奥宮の地真名井原に匏宮(ヨサノミヤ)とし申して豊受大神が御鎮座になっていましたが、その御由緒故に崇神天皇の御代に天照大神が大和國笠縫邑から御遷座になり、以後四年間御鎮座になりました。

籠神社(コノジンジャ)の名称は、神代に彦火明命が籠船に乗って龍宮に行かれた故事に因む名称であり、「籠」を上古において「コ」と発音した事から「コノジンジャ」と称します。

籠神社の社格は、奈良朝以後は丹後國一之宮に列せられ、延喜式内名神大社にして山陰道八ヶ国中唯一の官幣大社であり、神階は最終的に正一位にまでなりました。
明治の制においては国幣中社に列せられましたが、官幣大社昇格運動の末、昭和20年3月25日、時の帝国議会は満場一致で昇格を可決した秘史があります。

(籠神社パンフレット・元伊勢籠神社御由緒略記より抜粋