日本の開運 調神社
・天照大神様、豊受大神様を御祭りする、さいたま市浦和区の調神社のご紹介です。
・覚鑁上人様の生家はここです。九州の誕生院ではありません。
・動画上映は5分以上かかります。


 参道の様子はこちらの動画をご覧ください。神々、眷属の皆さんが登場しています。

 

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 平成22年01月24日 更新
・写真は調神社の元宮(旧本殿)です。
調神社元宮
・下の杜が、調神社です。霊験あらたかな神社ですが、こちらの御祭神様、眷属の皆様も新興宗教の信者、会員の方は訪問、ご参拝はお断りだそうです。
 日本の開運でご案内している神社仏閣全てが同様です。新興宗教の信者、会員の方は該当の新興宗教を辞めてからご参拝に来てください。

tuki_google 航空写真
・2004年10月某日、埼玉県に住んでいる私は、太郎子山稲荷神社の社主(稲荷狐です。)に尋ねました。
「埼玉県で一番由緒あるお稲荷さんのお社は何処でしょうか?」
社主は私をさいたま市にある調神社(つきじんじゃ)と言うところに案内しました。地元では通称は「つきのみや神社」です。



私はさいたま市の浦和も良く行きますが全く知りませんでした。^_^;


 下は2006/5/15に初めて調神社におまいりしたときの写真です。天照大神が写っています。わかるでしょうか。
この石柱が、「にほん」です。

天照大神
・私はこの日(2006/5/15)、電車でお茶の水まで出かけたのですが、電車が浦和駅を通った時、こちらのお狐さんが帰りによって欲しいと迎えに来たのです。
 信じられない方もいるかと思いますが、そのお狐さんの写真が本サイト内に掲載してあります。

 下は2009年12月1日、調神社のお参りの帰り道で、高天原(パルコ)の上に御降臨された、天照大神様と神々です。

天照大神

 神々、眷属と、管理人を待ち伏せしていた悪霊ども(汚い赤色)の戦い。
悪霊どもに勝ち目はありません。

悪霊を滅ぼす眷族たち

 悪霊が浄化された後。
神々です。

神々

 平成22年、お正月の拝殿。

平成22年、お正月の拝殿

 平成22年、豊受大神様のご一行の御挨拶です。

豊受大神様

 調公園で平成22年の神々の御挨拶です。

調公園で平成22年の神々の御挨拶

調公園で平成22年の神々の御挨拶2

 帰り道に降臨された、天照皇大神様と木星の神々です。

天照大神

 高砂小学校傍の古墳の神様です。

高砂小学校傍の古墳の神様










・このサイトを作ったとき、ネットで検索したらご覧のように、鳥居が無く、ウサギで有名な神社でした。
全くお狐さんはいる感じがしません。
ところが御祭神が天照大神と豊宇気姫命、素戔鳴尊の三柱を祀っています。伊勢神宮外宮の豊宇気大神がお祭りされているのでは、お狐さんがいないはずはありません。^_^;
既に調神社は1800年以上の歴史があるそうです。かっての県社でもあったそうです。












『調宮縁起』によれば、第十代崇神天皇の勅命により創建とのことです。
日本の歴史をご覧になった方は、正史と言われるものの真実はお解かりかと思います。
 ローマ帝国は日本の歴史は崇神天皇以降に始まったことにしたかったのです。

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 調とは『租・庸・調』の調で、伊勢神宮へ納める貢(調)物の初穂を納めた倉庫群の中に鎮座していたと伝わる。(鳥居無きはその為と伝わる)平安時代に編纂された『延喜式』に記載される武藏國四十四座のうちの一社である。
 租庸調は中国を模した税制です。祖は米です。農民の収穫の3%だったそうです。調は繊維製品、加工食品、特産品などを一定額を現物で納付、庸は初めは仕丁の衣食の戸数割、後に人頭税と成ったとのことです。
 荷を入れるために邪魔だったので鳥居をとってしまったと言う話があります。
 大宝律令は701年の施行だからです。文武天皇の時代だからです。崇神(すじん)天皇の時代は紀元前30年ま でです。
 延喜式編集は天神様菅原道真の時代です。









 神倭朝の第9代開花天皇の乙酉年とは22年の事で、紀元前136年の頃だと思います。
 調を「つき」と読むのは、元々、この神社が斎宮(いつきのみや)だったからの様です。それが調宮(みつきのみや)、即ち屯倉(みやけ)の跡の社と成ったようです。
 神倭朝の第11代、垂任天皇により伊勢神宮ができるより、ずっと前の事です。
かっても関東が日本の中心だったと考えるのが自然です。
 地元では「つきのみや」神社と読んでいるそうです。神道で「つき」とは都があったことの意味でもあります。

 斎とは巫女のように神様の託宣を受けた女性ですが、未婚の皇女などが役割を担ったのだそうです。もちろん大明神様が感応してくれる女性で無いといけなかったのです。
 本来の朝廷とは、朝、天より降臨された大明神様の前で託宣を頂、国家のもろもろを決定していたのです。
 斎宮とは、本来がそのような所だったのです。それが後に伊勢神宮へと変わったのです。
 今も伊勢神宮にも大明神様は訪問されるそうですが、後醍醐天皇の皇女以降、斎が廃止されてしまったのだそうです。
 本当の朝廷とは、どのようなものか、少し分かられたかと思います。

そして、大化までの記録が無いのも、軍事政権大和朝廷により焚書されたと考えるのが自然です。







 イの圧力を受けた大和朝廷は大化を日本の初めにしたかったのです。それで、日本の年号は飛鳥時代の大化から始まっているのです。
 もちろん、この神社にウサギはいません。ウサギを持ってきたのは日本の神代の記録を破壊しようとした「イ」の手先だそうです。神の姿とウサギを摩り替えたのです。ただし、ウサギも金星の動物だったそうです
 かっては、この神社にも沢山の古文書もあったのだそうです。大和朝廷による焚書で消えたのだそうです。埼玉古墳の記録を葬る以前だったそうです。
 かってのイの者たち(工作員)は今も暗い世界で暗躍しています。今も来たので、言ってやりました。「ローマ帝国は滅びたのだ。」と。
 しかし、霊は信じません。。ローマが滅びるはずが無いといっています。
 現実にはローマ帝国がオスマン・トルコに負けてしまったのは500年以上も前です。遠い国のジャングルで頑張った日本の兵隊さんも、日本の敗戦を信じませんでした。
 戦争侵略とはまことに罪作りです。全ての争いをやめて、軍縮するのが良いと思います。












 何はともあれグーグルで検索して見ました。
 調神社のページををクリックしたその瞬間です。目の前にお狐さんが出現しました。^_^;
 大変威厳のある白いお狐さんです。武蔵の国出身の1812歳の♂のお狐さんだそうです。
 笠間稲荷で525年修行して、この神社に来たのだそうです。691年目だそうです。
 筆頭のお狐さんは豊宇気様に勧請され、この神社に来て913年だそうです。
 1889歳の♂のお狐さんだそうです。

・4体のお狐さんが下の写真に写っています。右手(向かって左)から偉い順に並んでいます。 3番目のお狐さんが、2006年5月15日、電車が浦和を通過する時、私を迎えに来ました。

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 下の写真にはお狐さんは写っておりません。
 
お稲荷さん






とても楽しくて「月」を呼ぶ神社と言うのは、ウサギではなくお狐さんが活躍しているからです。

・そして、ウサギが意味するものがこれです。
これは金星の方です。この寺院はエジプトのものです。6千年以上前の、太古よりの秘密です。
平成20年07月15日

エジプトの寺院1

 下は違うところの寺院です。

エジプトの寺院2

 こちらは詳細な壁の絵です。これは王様の頭にあったのだそうです。
神政時代の王は勿論神です。ウサギの冠は木星から来た神なのだそうです。  それが元の本当の王冠だったのです。
もうひとつあります。エジプトは地球の本当の歴史を伝えているのです。

壁絵

 つきでウサギが餅をつくと言うのがお解かりに成ったかと思います。餅は正しい信仰を現しています。
調神社は「つきのみや神社」と言いますが正式には「つき神社」です。「つき」とはエジプトです。

 下の王様(神様)は今でも金色に輝いています。
こちらは良い金神です。金神が恐ろしいと言うのは、その背後に悪霊がいるからです。左下(写真右隅)の影です。

 悪霊は神様の振りをして、人を騙すのです。振り込め詐欺師のようなものです。注意しましょう。

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 月の砂漠はこちら。




 下は2006年5月15日に参拝したときの写真です。
屋根に、この神社の3体の稲荷狐がいます。小さい社にお手伝いの狐がいて、鳥居の脇には龍神様がいます。

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・光の玉は私と一緒にお参りに行った太郎子山稲荷神社の社主です。その脇にいるのが、この神社の稲荷狐の皆様です。

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 これも2006年5月15日におまいりした時の写真です。天から光の玉、大明神様がご降臨されてまいりました。 私が拝殿に行く前に撮った写真です。私は拝殿で拝む時、神様がいるのがわかりました。
心正しい皆様に神様はちゃんと感応されているそうです。

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この神社の元社は上古の時代からあったのだそうです。
大明神様が言うのですから疑えません。私が、本サイト内で大明神様と言っているのは天御中主神として古事記にも掲載されている神様です。日本の歴史の上古4代様のところをごらんください。
tenonchushushin.jpg(65322 byte)  多くの神社でもこちらを御祭神とされています。
 稲荷大明神というのも、御本体はこの神様で、稲荷神の皆様は、大明神様のもとに御仕えする神様なのだそうです。私も、そのお手伝いをしています。その私を稲荷神の眷属のお狐の皆さんが、お手伝いをしてくれております。
 豊宇気神様も農業神でもあり、稲荷神様としてもお祭りされています。それで、稲荷狐がお手伝いしているのです。調神社が霊験あらたかなのは当然なのです。  






・写真の光は神社のご祭神である天照大神様と豊受大神様です。訪問者様に送っていただきました。  

御祭神の御降臨


 こちらは管理人が2007年4月25日にお参りして写した写真です。調神社のお狐さんがお出迎えしてくださいました。
その上の光の柱は、天照大神さまにご縁の深い戸隠神社の御祭神、火之御子(日之御子、天鈿女命(あめのうずめのみこと)=ネフェルテイテイ)です。

 天の岩屋戸の裸踊りの神話は嘘だそうです。ふざけた話しだと思っていました。
そんな事で、天照大神様が出てくるなどありえ無いと思っていました。事実は神話と乖離しています。

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 こちらも2007年4月25日にお参りして写した写真です。大きな光の玉が豊宇気姫命(豊受大神様)です。
鳥居の大きな光の玉は豊川稲荷の筆頭様です。ここの稲荷神社は♂の狐だけしか入れません。大明神様がお決めに成ったのだそうです。

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豊川稲荷の筆頭様は、この日、豊受大神様に御呼ばれされたのだそうです。

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天照大神様のご降臨・・

at 2004 12/14 04:18 編集


 今日は調神社のお狐さんが参られていた。

 きれいな光で降臨されてきたので、発寒神社のお狐さんかと思ってしまった。

 どちらも豊受神様を祭っている。

 今日も日記を書こうと思って社主に尋ねたら、調神社のお狐さんだと言われたのである。

 例によって、調神社のページを訪ねたら、お狐さんが神様とともに降臨された。

 一緒にいたのはてっきり豊受神様かと思ったら、違った。

 なんと毎朝祈っている天照大神様である。

 調神社の御祭神様であった・・

 そのお姿は私の机にある大日如来のようでもある。

 上古21代の時代は、なんと今より6300年もの昔だと仰っている。

 この長い時代を多くの人々が、天照大神様を神棚に祭り、祈ってきたわけである。

 天の光を知らせるために、やって来たのだと申されている。

 やはりスサノオは人ではなかったと仰られている。

 前世は、太陽系の外の星だったそうである。

 そして、今も太陽系の外にお住まいだそうである。

 当時は貨幣は無かったが、悪しき者たちが暴れ始め苦労されたそうである。

 これが天岩戸の話である。

 神様までが引きこもりたくなるのが、今の地球である。

 伝えることが出来て良かったと言われた。

 当時はお手伝いのお狐さんがいなかったそうである・・

 大事なお役目をご苦労様でした。

    +(-_-;) 

 天照大神様はお正月の2日9時頃に、調神社に参られるそうです。

 お近くの方は大変込むと思いますが、ぜひご参拝されるとよいと思います。


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