山王大権現のお狐さん

2004/11/15
今日も日記が書き終った時でした。
大きなお狐さんが現れました。^_^;
一見、キタキツネのような毛の色のお狐さんです。私は何処のお狐さんかと思い社主に尋ねました。
若いですが力のあるのを感じました。
社主が言うには県内のお社のお狐さんだそうです。近くだと言いました。
早速、お社に案内していただきました。



お狐さんは荒川の下流の方向に向かいました。
北本を過ぎ、桶川から川島町に向かう所にある、川田谷と言う所に来ました。
ここは川越に出るにも使う道です。
私はお稲荷さんか八幡様かと思ったのですが、お狐さんは山王大権現と言うお社を示しました。



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そう言えば、先日参られた権現様を思い出しました。
お狐さんに聞いたら、その権現様のお手伝いをしているのだそうです。
立派な体躯はさすがに権現様に仕えるお狐さんだと思いました。
これはお狐さんが見えないと判りませんが、名は体を現すと言うとご理解頂けるでしょうか。
頼もしいお狐さんです。
このお狐さんは311歳の♂です。まだこれからのお狐さんです。
宮崎の出身で、千葉県鴨川市江見の八幡神社で修行したそうです。



何処の八幡宮かと思って話しを聞いていたら、このお狐さんの師匠まで参りました。^_^;
こちらの師匠様は719歳の♂だそうです。
山王大権現のお狐さんは、この師匠に宮崎にいる時スカウトされたそうです。
このお師匠様の出身は四国は土佐の国だそうです。立派なお狐さんです。嬉しそうでした。
山王大権現のお狐さんはこの八幡宮で15年の修行を修めたそうです。
その後、権現様にこの山王大権現に勧請されたそうです。このお社の2代目だと言っております。
お勤め始めて92年だそうです。
東京の日枝神社は太田道灌が川越から勧請したと言われ、元は山王大明神だった様です。
山王が山の王ということで比叡=日枝と成ったようです。
太田道灌は神仏に関してかなりの目利きでした。山城の国から太田姫稲荷神社を勧請したのでも判ります。

日枝神社の由緒に因れば「慶応四年(明治元年)六月十一日以来、日枝神社の称号を用いる事となりましたが、 古くから「日吉山王社」「日吉山王大権現社」「江戸山王大権現」「麹町山王」ひろく「山王社」と称され、 氏子にとっては「お山」であり、一般には常に「山王さん」の名で親しまれて来ました。」 との事です。
東京にも山王と言う名が今でも沢山残っています。これは明治元年に軍国化のために政府により改名された様です。
戦争の大儀のために少しでも天皇に近い所に権威を集めようとしたようです。愚か者どもの仕業です
攻撃性の強い薩摩の人間が政権中枢に入った為と思います。何人がテロで殺されたでしょう。
何しろ八幡神の一柱であった神功天皇始め天皇の地位まで強引に変えてしまった者たちです。
明治以前は神功皇后は15代天皇だったのです。愚かな事はしないで欲しいものです。

ご近所の方や氏子様は、とても立派なお狐さんが護られている山王大権現に是非お参りされる事をお奨めいたします。
それと、鴨川市江見の皆様はお世話に成った八幡宮様をよろしくお願いいたします。
とても立派なお狐さんがおられます。