2013-04top.gif(4026510 byte)

※ここで見たこと、知ったことは、他言してはいけません。拝殿で、拍手は禁止。 平成25年 さきたま火祭り

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30


 神倭朝24代 仁賢天皇

平成25年4月30日

 一昨日紹介したのが、仁賢天皇様です。

T-24

 内容は殆どが中国製だそうです。和名が億計尊(オケノミコト)と成っています。「オが倭」という事です。
この周辺では、オケと言うと桶川市ですが、桶川のものは無くなったそうです。仁賢天皇を祀った神社に案内して頂きました。

 ここも仁賢天皇陵なのだそうです。
陵というのは大きな丘で、墓ではありません。そこに神(天皇)を祀る神社があるのです。土は他と同様、荒川の土手に成りました。

仁賢天皇陵

 ・・ここで凄い光が来ました。仁賢天皇様の長い間の筆舌に尽くせぬ思いです。
拡大します。埼玉では宮原と言う駅名で、すぐ、土地柄が解ります。

仁賢天皇陵

仁賢天皇陵

 この辺りは八雲神社、氷川神社など多いです。この別所とは、聖地です。あちこちあります。
元は牛頭天王社だったそうです。悪霊政府は牛頭天王(GODS天王)と言う呼称を嫌ったのだそうです。

八雲神社

 この方の息子さんは、武烈ではなく、欽明天皇様だったそうです。
・・欽明天皇様の父とされる継体天皇は、神だったそうです。この神に当たります。

 元々、埼玉県は前玉(=埼玉)です。ワカタケル大王の下の、沢山のオワケのオミがいるのです。
・・それにしても、イザナギ、イザナミ以下、神話はみんな嘘ばかりです。

 ここまで日本の天皇様、歴史を虚仮にした国には、大きな天誅が落ちます。
もちろん良き天皇様は、肉体はなくても皆お元気です。

 出雲の話題です。

出雲の話題

 前玉の出雲朝時代、現在の火祭り広場には、これ以上の巨大な神殿があったのだそうです。
出雲朝で最も巨大だったのが、前玉神社で祀る前玉比子=建御名方神様だったのだそうです。

 大己貴命が33メーターくらいだったそうですから、皆さんも考えてみてください。
出雲の巨大神殿は、それだけの大きさが必要だったのです。東大寺もそうです。

 お釈迦様(安寧天皇様)も5メーター近くあったのです。
前玉神社が八角形な理由が、少し感じられたかと思います。それで、大山祇神様も降臨されるのです。

 こちらが仁賢天皇様です。

仁賢天皇様

 殿中の神々です。
出雲朝の十三代は布忍富鳥鳴海(ヌノシトリナルミ)という方です。不思議な読みは火星のものです。

殿中の神々

 建御名方神様は火の神アフラ・マズダでもあります。前玉神社の前玉比子の本来の神名です。
前玉神社も出雲朝3代 深淵之水夜禮花(フカブチミズヤレハナ)、垂仁天皇、イエス様の時代からあるのだそうです。

 出雲朝は、八代誉田別命が、前玉に遷都するまでは、確かに出雲にあったのだそうです。
前玉での出雲朝の都が前谷(まえや)だったのだそうです。ここの古墳の土は、行田の市街地に成りました。役所の下もです。

前谷

 誉田別命が出雲朝を前玉に遷都した理由は常世岐姫神社(八王子権現)があったからだそうです。聖地なのです。
日本の中心は埼玉県の行田前玉だったということです。行田も、本来は「こうだ」だったそうです。皇祖です。

 いつの間にか、中国人子孫の学者、役人どもが、歴史を少しづつ分からなくするのです。
良き日本の皆さんは、中国製の嘘に翻弄されずにお過ごしください。

 今月も、訪問ご苦労様でした。
・・神々、良き天皇様がお喜びです。
   
 +(-_-;) 

img087.gif(1659 byte)