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※ここで見たこと、知ったことは、他言してはいけません。拝殿で、拍手は禁止。平成25年 さきたま火祭り

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 修多羅(すたら)

平成25年11月17日

 修多羅(すたら)と書くと北九州若松に地名があります。
多良岳のは修多羅(すだら)と読みます。

すたら

多良岳には、水神公園というのがあります。

修多羅

 この修多羅には隠れた意味があります。
これはゾロアスター教、拝火教のザラスシュトラから出た言葉です。

拝火教のザラスシュトラ

 シュトラは先日述べたとおり、祖はトーラ、真理、真実、不変なもの・・という意味です。
ササン朝ペルシャは、その象徴が鷹です。アフラ・マズダ、建御名方命です。悪神アーリマンとはアーリア人です。

アフラ・マズダ

 ササン朝ペルシャでは、出雲朝の王は鷹とされたのです。
通名でない日本人、佐々木、高橋、高田・・などは全てが、この縁です。「たか」の付く地名もそうです。

 こちらは出雲朝の5代天之冬衣神(アメノフニギヌ)という方です。
バールベック神殿に描かれた大天狗です。大国主尊のうちの一柱です。

天之冬衣神

 「たか」は出雲朝の王、天狗の象徴です。
何故、拝火教の民、シュトラが修多羅、すたら、すだら=シュードラに成ったかといえば、悪魔アーリマンの仕業です。

 これが新約聖書を創ったバチカンです。出雲朝は、神倭朝の上にあったのです。
かっての国境なき世界の元締めだったのです。税金は禁止でした。

 地上の民を奴隷として税金を毟るには、悪魔どもには出雲族が邪魔だったのです。
そのため、日本でも出雲族は穢多などにされたのです。インドではスードラにされたというわけです。私奴婢です。

 そのスードラ、私奴婢が労働力として売られてきたのです。これが修多羅の地名です。
私奴婢は、アヤ=若松をはじめ、世界中から来たのです。これで儲けたのが蘇我はじめ奴隷商人です。

 その蘇我入鹿は、天智天皇に北本市の中丸氷川神社に在った朝廷で首をはねられたのです。
・・蘇我氏には用明天皇以降、苦労させらたのです。積年の恨みだそうです。

北本市の中丸氷川神社

 その後も、おごる平家は久しからずと言う事も有りました。
平家はハサでしたが、蘇我氏は欽明天皇の役人だったのです。今も、私腹を肥やした役人はいるそうです。

 いつの時代も、バカの粛清は大切です。蘇我の私奴婢を入れたのが高虫=コーム・オンボというわけです。
・・昔は、コームと発音していたそうです。今では「たかむし」と成っています。

 修多羅の水源にはヤハヴェの神、田中大神様が居られました。出雲朝では美呂浪(ミロナミ)という方です。
訪問者様の撮影です。動画にしました。

修多羅水

 前世で拝火教のアフラ・マズダ、ザラスシュトラにご縁の方も沢山いるのです。
・・バチカンが興ったので、敵対するイスラムも興ったそうです。

 ・・赤い前掛けをした象さんに王子様が乗ってきました。お釈迦様の関係者のようです。
・・ラフラと言われた子だそうです。後に、お釈迦様の弟子に成りました。

 そう言えば、覚鑁上人の家族も、母親までが出家したそうです。一家全員です。
覚鑁上人は前世はマハービーラという方でした。ジャイナ教の創始者です。

覚鑁上人

 勝願寺のお十夜は、すごい数の仏様、天狗様、お地蔵様がやって来ます。
その為、少ししか紹介出来ていません。毎日のように紹介できるほどです。

 バカな教祖、愚かな一般人には、信じられない世界です。
カネ、所有の問題が地球を狂わせたのです。

 貧しきものは幸いである。。
明日、出雲朝3代 深淵之水夜禮花(フカブチミズヤレハナ)、イエス様の画像も見つけて紹介します。

 修多羅水源の写真を撮ってくれた訪問者様に感謝です。
・・今日も大光です。
   
 +(-_-;) 

 
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