5月の日記

 オキネさんの秘密

2009/04/30

 あっという間に4月末になった。
日本の歴史の、大きな節目の日記を掲載する。

 オキネさんは(いつき)と紹介した。それは天皇家の皇女の事である。
皆さんも疑問に思ったと思う。オキネさんの父は謎の人、継体天皇なのだそうである。

 継体天皇は「ヲホド」と言い、応神天皇の5世お孫さんであるそうである。
皆さんは、巨大な秘密、阿字観も学ばれた。「あ」と「お」の秘密も知った。大きなものが繋がったと思う。

 こちらにヲホドさんのお屋敷があったそうである。
道は北本だが、ここは鴻巣である。鴻巣は「国府巣(州)」だったのだそうである。

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 ヲホドさんは、大伴金村に乞われ、大和に行ったのだが土地には入れず北陸地方にいたそうである。
かっては西国と東国で分かれていたのである。その継体天皇の第一皇子が531年に即位した安閑天皇である。「あ」である。

 次の宣化天皇(武小広国押盾(たけおひろくにおしたて))までは良かったのだそうである。
29代と言われる欽明天皇が私利私欲に走ったそうである。

 そして代を経て、日本は、忌まわしい大化の時代に至ったのだそうである。開墾地の私有化(墾田永年私財法)が起こったのである。この時、大和朝廷が変質した。

 神代の記録、東国の巨大な古墳は皆記録を消され、神社の古文書も焚書されたのである。
もちろん、当事の超大国、伊(ローマ)の圧力だった。

 真に神々の嘆きは大きかったのである。
この地で争いが起こったのは、西の欲深い者が攻めてきたからである。

 笠原の侵略者は、この天神の地も自分らの領地にしたかったのである。
笠原と生出塚は、郡も違っていたのである。

 何しろ、無数の神々、天神様が、オキネさんの味方である。十二神将も居られる。邪霊どもに勝ち目などない。

天神様

 これらは全て初公開の神宝である。
巨大な天神様である。

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 そして、こちらは皇居や伏見稲荷でも来てくださった妖精の皆さんである。
葉っぱの光と思う方は、現地で木があるか、見ていただきたいと思う。

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 応神天皇が、以前私のところに降臨して来てくださった時、蛇の攻撃が凄かった。
しかし、さすがに八幡様として祭られた応神天皇は強かった。

 蛇どもを神剣で撃ち払い、私の元にきてくださり、神剣をおいていって下さったのである。→「コン」
歴史は歴史学者には、とても解けない。古文書には偽書が多いからである。

 多くの方が、どう思っても事実は動かない。
神々に真実を尋ねたいなら、この土地で神々にお祈りしていただきたい。

 しかし、その前に、多くの人が禊が必要である。
明日は早くも五月である。埼玉の火祭りも4日です。

 建御名方神様があちこちに来てくださる理由も、皆さんには感じられたかと思います。
もう、嘘の要らない世界が良いと思います。

 アミの言う、親交世界は、近いかも知れません。
・・天神様が開運されたそうです。

 天界は、お金も賞状もない世界ですので、この言葉が何より嬉しいです。
ここまで八年かかりました。
   
 +(-_-;) 


 オキネさんの姿

2009/04/29

 オキネさんの写真がよいものがなかった。
それでもう一度、スーパーの買い物の途中で撮影させていただいた。

 社主のお社には、大山咋神様が来ておられた。
最近、お参りの方が増えて、とても嬉しいのだが、スーパーで稲荷寿司がよく売り切れになっている。

大山咋神様

 いつものように、社主のお社の前を写した。
今日は立派な姿で、オキネさんが写っている。

オキネさん

 オキネさんはとても控えめな方で、それだけに神々に愛されたのである。
愚かな争いに巻き込まれたのは不幸だったが、基本的に侵略者は馬鹿(=中国人)である。くずどもである。

 オキネさんは3人姉妹の長女だったそうである。
先祖はインドから来たのだそうである。ご縁の方が多い。大山咋神様がお引き立てなのも、そんな理由でもある。

 スーパー脇の馬頭観音は、朝鮮から来た高僧がいたのだそうである。
行基菩薩の先祖の様である。

 こちらも天神様である。社主のお社の前である。
近くで見ると凄い迫力である。

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 心静かな、優しい(いつき)であったオキネさんは、281歳まで地上にいたそうである。
オキネさんの敵は神々の敵で、皆さんの敵でもある。

 敵はよく見抜いていただきたい。
蛇は狡猾に忍び寄ってくるからである。

 よい休日をお過ごしください。
   
 +(-_-;) 


 生出塚の秘密

2009/04/28

 昨日紹介したオキネさんの神社がこちらである。
上に居られるのは、文字通り天神様である。木星の方である。

天神様

 神社の紹介があった。
この光はカメラのフラッシュである。分かると思う。

神社の紹介

 オキネさんによると侵略者とは、「笠原あたい」の方なのだそうである。
それで、この土地には生出塚と言う地名が残ったのだそうである。

 石碑にある、オキネさんの塚が何処にあったかお尋ねした。巨大な秘密恵であった。
こちらである。

オキネさんの塚

 オキネさんに言われたように再現した。
前方後円墳があったのだそうである。上生出塚では円墳跡は沢山確認されている。

 しかし、こちらは権力者に記録を抹殺されたのである。大国の威圧を受けた、大和朝廷による焚書である。
昨年の12月16日、17日の日記で紹介した天神様が多数降臨された土地である。

 下が、航空写真である。

航空写真

 本日は連休前なので、特別に神宝の写真を一部公開いたします。
初公開のものです。

オキネさん

 下は後円墳部分の斜路です。
住んでいる人は何も知りません。

後円墳部分の斜路

 写真は、面積で、6分の1程度だと思います。全体図は、人間では、私以外誰も知りません。→「コン」
この道は、警察裏の官舎に通じています。皆さんも見たところです。

 とても巨大な秘密が天神様によって明かされました。
見ればお判りと思いますが、これは、最近良くテレビで映している水滴ではありません。。

 水と生命は切っても切れない関係です。
神々も、真実を正しく伝えてくれない者には降臨されません。

 とても当たり前すぎる話です。
神々の姿を見られた皆さんは、文字通り、選ばれし人たちです。

 良い連休を過ごせますようお祈り申し上げます。
オキネさんも、開運、おめでとうございました。

 神々のお喜びは、適度な地震にもなるそうです。
胎蔵界が感応するからです。
   
 +(-_-;) 


 オキネさんのお屋敷

2009/04/27

 かっての大豪族、笠原のオキネさんの家は何処だったか、皆さんも興味があると思う。
オキネさんに、かっての、お屋敷は何処だったか、教えていただいた。オキネさんは女性である。(いつき)であった。「ひみこ」のようである。

お屋敷跡

 生出塚神社と言うのが、オキネさんの神社である。菅原道真公もお祭りしてある。
以前、社主とお参りに言った時は古い建物であったので、居たのがオキネさんとは知らなかった。

 社主は土地の神様だと言っていた。
こちらがオキネさんである。

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 スーパーの上に写っているが、住んでおられるのは木星である。

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 スーパーの前には愛宕神社があったのだそうである。下の土地である。
火の神アフラマズダ、建御名方神様をお祭りしていたのだそうである。セイムスと言うドラッグストアはいっぱいあるが、これはセム巣の事である。

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 かっての神社跡にも沢山の神々、諸霊が集まっている。
これは航空写真である。

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 不思議なマークが見えると思う。
私は、この辺で真っ黒な者を何度か見た。侵略者の子孫なのだそうである。強盗も居た。

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 社主のお社から、この神様の方角に、オキネさんのお屋敷があったわけである。
深い意味を、これまで知らなかった。黒い者たちは、侵略者の子孫だったのだそうである。

 皆さんに攻撃してくるのも、そんな者が多いのである。
悪霊に、良く気をつけて生きましょう。
   
 +(-_-;) 


 さまよう霊たち

2009/04/26

 この世の現実問題として、成仏できない霊は多い。
その原因は、生きている時に学んだ誤った知識である。

 死ねば終わりと言う者から、死んだら墓に行くと言う者も、皆地獄に行きやすい。
神々、眷属の皆さんのように光の玉に成れればいいが、薄汚い赤い光も多い。

 原則として、汚い赤い霊は見せない。
ところが某雑誌には、神様の光などと掲載されていた。

 見た方は多いと思う。困ったものである。
馬鹿な神職、宮司も現実にいて礼儀も知らない。どこかの神社である。

 神職として、人間のノルマを果たしても、思いが足りないと地縛霊になる。
かっての軍人と同じである。先代から言われた通りにしっかりと、お山を守っているのである。

 その思い、忠誠心は立派だが、適当なところで天に帰らないといけない。
言葉の限界、指導教育には大きな限界がある。こちらは天神様である。見たままである。

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 市内の神社で撮影したものである。木星の方である。周りにも沢山の方が居られる。
かって念写と言うものがあった。学会を巻き込んで嘘だ本物だと騒がれた。これはレベルが違う。

 神々の世界は、人間の論議(=金の世界)とは別の世界である。→「コン」
その鍵は、伏見稲荷のお狐さんが加えているものである。

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 稲荷狐は、心に、この鍵の合う者が分かるのだそうである。
腹黒い者には、鍵穴がないそうである。

 鍵穴がないものは、心の扉を開けて、悩みから救う事が出来ないそうである。
お狐さんは、今も皆さんの周りを飛びまわっています。

 余計な苦労はしないようにしましょう。
   
 +(-_-;) 


 松尾大社の岩座(いわくら)

2009/04/25

 京都に行く前は、何とか行きたいと思っていた松尾大社の岩座であったが、雨などで行けなかった。

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 方角的には、右の山だと思う。

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 ネット上で写真を見つけた。
宝物館に写真があったのだが撮影禁止であった。

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 亀に似ているのだと、案内のおじさんが言っていた。
この磐は上古の八代の時、胎蔵界から地上に出てきたのだそうである。その縁の方をハタ氏と言うのだそうである。

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 京都最古といわれる松尾大社である。
大山咋神様は、岩座にも来て欲しかったそうである。私も行きたかった。

 この通りを行った所が入り口である。
神々が待っておられた。

 いつか行って見たいと思う。
   
 +(-_-;) 


 新池付近を追加しました。

2009/04/24

 かなり出来たと思った伏見稲荷のサイトですが、新池付近を追加いたしました。
下は甘酒屋さんです。光の玉は建御名方神様です。

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 こちらの右端の光の玉は興教大師様です。
智積院も遠くないようです。智積院の寺号は根来寺(ねごろじ)だそうです。

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 ここに居る、四番目のお狐さんは、私が伏見稲荷のサイトを作った頃、私の事を調査に来たお狐さんです。
私の先祖を、ずっと調べていったのです。その報告を受けてから、お薄が来ました。

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 お薄の光の玉は、皆さんも感じが解かると思います。
「コン」も凄いですが、居るだけで、すごい存在感なのです。

 伏見稲荷の上位のお狐さんの前では冗談等は言えません。
それに、凄い組織力です。社主はもちろん、発寒神社のお狐さんも来ました。

 社主と師匠のお狐さんのツーショットは見ていても師弟を感じます。
お狐さんに、必要であると言われたところの写真を追加いたしました。

 鳥居は既に5千本もあるそうです。
一体いくつ潜ったかも解かりません。

 しかし、大事なのは良くやっている稲荷狐です。。
忙しい中、京都から飛んできてくれるのです。

 神職の皆さんは、どの程度、神々、眷属の事を感じて居るでしょうか。
稲荷狐は、神職が、何時何処で、何を思ったかも、ちゃんとチェックしているそうです。→「コン」

 嘘は通じない世界です。。
   
 +(-_-;) 


 「阿」

2009/04/23

 「あいうえお」と言う50音をまとめたのは弘法大師であると言われる。
伏見稲荷も東寺も縁が深い。弘法大師が土木の神なのは、フリーメーソンだからである。

 「あ」の秘密は皆さんに少し教えた。
秘密には欲の深い者、詐欺師も食いついてくる。利用するからである。

 阿含宗と言うのがある。
クリックしてもらうと、その宗教の教祖の事がいろいろと解かる。

 寂しい事だが、この教祖の事を信じている宮司もいるのだそうである。
私が五穀豊穣で、騙されて地獄に堕ちた方を何人か紹介した。

 念力の護摩と言うのは、興教大師のものは本物だが、この教祖のものは手品である。
延命法も嘘っぱちで、何時かのフィリッピンの神霊手術と同じで、頼ったものは皆死んでしまった。

 北野と言う大僧正(詐欺師)と刑務所の中で出会い、新興宗教が儲かると思って、北野を師事したのである。
その甲斐あって、大僧正の様である。やはり沢山のものを騙している。寂しい限りである。

 京都を(らく)と言うのは、インドのラクナウの「ラク」である。仏教は天竺で始まったのである。平安京は秦氏の土地である。
中国にも洛と言う川があるが、中国など、只の通り道である。しかも、ラクナウは英語では「Luck now」と言う表記である。

 間男などと言う表現があるが、中国などは、日本とインドの間に入り込み利権をあさろうとした蛇がいいところである。
新興宗教も、同じようである。人の弱みに付け込み、若い何も知らない僧侶たちを騙し、罪の意識もない。

 地位名誉金銭の欲を肯定されても、下級の魂では、悪い事と理解出来ないのである。
若い僧侶は、自分も何時かは、教祖のように念力の護摩を焚けるなどと信じているのである。

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 弘法大師、興教大師はどちらも「こう」なのである。お二人とも、本物の神技(しんぎ)の護摩を焚いている。→しんぎ真言宗
そこには、火の神アフラマズダ、建御名方神様も居られるのである。それでなくては火が点かないのである。

 条件が揃わないと、秘法の護摩など出来ない。建御名方神様が詐欺師に力を貸すと思うのは誤りである。
・・狐火の技も神様の力なのだそうである。→「コン」

 秘法の護摩は、もとはペルシャで拝火教の祖、猿田彦大神様(ザラスシュトラ)が始めたのだそうである。
筋が通ってきたと思う。

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 ここの蕎麦を食べたかったのだが、営業前であった。。
目の前に欲がちらつくと、真偽は見分けるのが大変である。→「コン」

 毒が回った人間は、稲荷狐の皆さんも、救うのが大変だそうである。→「コン
変な宗教は、まず辞めさせるのが大変である。。

 お釈迦様は、去る者、あえてこれを追わずと言ったが、新興宗教は縛っている。カモだからである。
教祖も、野狐、狸、蛇に憑かれているのだが、それすら解からない。

 嘘っぱち密教に騙されている方は、きっちり縁を切っていただきたい。
→「コン」

 神々は、神職、坊主を含めた悪しき役人たちに、禊を求めるそうである。
役人たちは、何故考えを誤ったか、詐欺師、悪霊に騙されたかをを、良く考えるのが大切であると思う。

 →「コン」
   
 +(-_-;) 


 やっと完成しました。

2009/04/22

 伏見稲荷のクリッカブルマップがやっと出来ました。
毎度の事ですが、クリッカブルマップは何度も、何度も、修正を重ねないとできません。

 しかし、神々、お狐の皆さんが喜んでくれるのが嬉しいです。
御膳谷には豊受大神様も御降臨してくださいました。豊受大神様には、御膳谷は、とてもふさわしいところです。

 ゆっくりした時間で、あの辺で海苔のお結びを食べられると嬉しかったのですが、忙しくて、丸1日断食状態でした。(^_^;
京都で食べたのは、帰りに駅で食べた、立ち食い蕎麦が1杯です。しかし、京都の蕎麦は美味しかったです。

 伏見稲荷と松尾大社で撮った写真が400枚くらいあります。
しかし良い写真は少ないです。大きなサイズのものはボケやすいので、脚立が必要だと思いました。

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 下は地元の方のようです。
しっかりと三脚で山吹の写真を撮っていました。

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 庭園の写真も沢山撮ったので、後でサイトにまとめたいと思います。

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 日本全国、どこも歴史は大化の後からしか記録がありません。
聖徳太子は知恵の産物で、秦氏も一部はそうなのだそうです。

 社主のお社前には巨大な古墳があったのだそうです。インドの方のものです。
秦氏の子孫と言う方も沢山居られます。

 神代の鴻巣は、エジプト、インドともとても縁が深かったのです。→「コン」
私に、この地で争いがあったと言ったのは、笠原の人です。内ゲバだったのだそうです。

 群馬の「中島」は、先祖はやはりイドフの者だったのだそうです。
土地を奪いに来たのだそうです。侵略です。それでオキネさんは、加勢してもらった大和朝廷に横見(現在の吉見)をくれたのだそうです。

 この方の陵が、社主のお社の前にあったのだそうです。
見ざる、聞かざる、言わざるの像があったのも知っていると思います。

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 月日は流れ、この世の人には、事実は何も分からなくなりました。
しかし、目の前の神々、眷属の皆さんの写真は本物です。→「コン」

 オキネさんの周りは、大きな光は天神様で、小さな光はかっての臣下の人たちだそうです。
かってはオイネではなく、オキネと言ったそうです。稲です。

 多くの人が殺され、土地を奪われ、インドにも逃げたのだそうです。
それで、伏見稲荷のサイトにも稲のご縁で載せたのです。このような事は多くの土地であったのです。

 侵略者の中身は、やはり中国人だったそうです。。
中国人が滅ぼしたのは出雲ばかりではなかったのです。インドと中国が仲が悪いのも良く理解できると思います。

 インドのパル判事は、東京裁判で日本人は全員無罪と言ったのです。真実はいたるところにあります。
今も光が凄いです。
   
 +(-_-;) 


 松尾大社の観光案内

2009/04/21

 京都駅前からD3乗り場でバスに乗る。
25分くらいはかかったのかと思う。松尾大社に着く。

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 降りたのはここである。

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 十三詣りとは不思議であった。
大きな秘密があるのだそうである。「とさ」である。

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 境内で大事なのが、この石である。亀と鯉が乗っている。

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 その脇が、山に通じる道である。

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 岩座に行きたくてもルールがある。

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 鹿や猿も出るので、危ないのだそうである。

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 しかし、何時でも霊亀の滝までは行ける。
ここは大切である。

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 この鳥居は昨年作ったのである。作らないほうが良かった。
欲から出る事に良い事はない。→「コン」

 これを理解できれば、悟りのひとつで、開運である。
   
 +(-_-;) 


 松尾大社(まつのおたいしゃ)

2009/04/20

 稲荷山に登った翌日は松尾大社に向かった。
これも重要な仕事であった。大山咋神様に勅命されていたからである。

 京都駅前からバスに乗った。
電車より便利であった。しかも安いと思う。280円くらいだったかと思う。

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 時間は8時前だった。早い時間で、朝食が食べられなかった。

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 松尾大社は酒造の神社である。
それは、名水があるからである。

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 そして、亀が沢山ある。
鶴と亀の亀である。この亀の秘密は皆さんにしか解けない。常世岐姫や田中大神様の秘密である。

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 拝殿も立派である。

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 その拝殿の右に、神泉の井戸に通じる道があった。
巫女さんが、朝の挨拶をしている。山はご神体である。当日は雨で登れなかった。

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 ここは廊下を潜った所である。

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 地元の人が、水を汲みに来ていた。
毎日来ているのだそうである。

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 お狐さんが、美味しそうに水を飲んでいる。
私も飲んだ。美味しかった。

 連休には松尾大社に行く方も居られるようである。
ここの水を飲むと良いと思う。→「コン」

 この一体が神域である。

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 こちらが、大山咋神様である。

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 こちらもそうである。

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 水の神様であると言うのは納得できる。
宮司にも見せて上げたいと思う。
   
 +(-_-;) 


 一の峯へ

2009/04/19

 さて、熊鷹社でどうしようかと思案していた。社主は戻っては成らないと言っていた。しかし真っ暗だった。。

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 思案していたら、人の話し声が聞こえてきた。売店の主人たちの様である。
電気が切れたので、点検に来たのである。その人たちに付いて行った。

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 無事に電気のあるところまで行けた。
三ツ辻と言うところまで来た。

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 社主が、ここの狐うどんは旨いのだと言う。。
しかし、当然閉まっていた。

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 この辺までは、お狐さんも来た。

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 ここが景色が良い四ツ辻である。
京都の夜景が綺麗である。

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 この後は、三の峯、二の峯を経て、一の峯に至った。
何とか上りのゴールができた。しかし下りも大変だった。。

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 四ツ辻から先には、お狐さんも神様も居られなかった。
社主も、金の亡者の怨念が渦巻いていたのでは嫌だと言う。

 あるところでは、自分の名前に○○大神などと付けていた。。
どこかの新興宗教の様である。

 まとめとして、鳥居や石碑だけいくら作っても駄目だという事である。
毎日、ちゃんと神様、眷属の皆さんに心が通わなければ、指導は受けられないという事である。

 山の途中でも悪霊がいたし、何時も日記を上げる時も邪霊が来ることがある。
この世は、まず魔界だという事を忘れると、悪霊に付け込まれてしまう。

 神社でご祈祷いただいても、毎日お水を取替え、正しい心でお祈りする事が大切である。
猫が居なく成ると家が潰れるという。本当かもしれない。

 稲荷狐の皆さんに嫌われない日々を過ごしていただきたいと思う。
   
 +(-_-;) 


 今日は稲荷祭

2009/04/18

 それで、お薄が新サイトを上げるように催促に来た。。
伏見稲荷の新しいサイトを、先ほど上げました。

 それが忙しかったので、稲荷山登山の話は、これから続きを書きます。
少しお待ちください。
   
 +(-_-;) 


 稲荷山登山 その3

2009/04/17

 伏見稲荷に行く前に、社主に言われたチェックポイントは6つあった。
本殿、拝殿、玉山稲荷、白狐社、熊鷹社、それに末広大神であった。赤丸である。

稲荷山

 今日は、熊鷹社まで写真を追って見た。
熊鷹社まで行くのも、大変であった。ここから先は、電気も切れていたのである。

 社主の励ましがなかったら、帰っていたと思う。(^_^;
恐ろしいくらい真っ暗だったのである。。

 昨日の続きは大鳥居を抜けた辺りからである。

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 大きな光の玉は、以前より伏見稲荷に居られる神様である。
伏見稲荷のサイトの熊鷹社の上に居る方である。手水舎でも出迎えてくださった。天竺から来た舎人なのだそうである。

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 納札堂の案内。

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 納札堂をすぎて、鳥居の外を歩いた。
太田姫稲荷神社のお狐さんも来ていた。大変なイベントだったからである。

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 とても金星の気配を感じたところである。
入れないようにしてあった。お狐さんがいっぱいである。

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 何処をあるいているのか解からない。。

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 お狐さんは、鳥居の外が良いそうである。

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 橋を渡った。。

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 写真右下が太郎子山稲荷神社の社主です。→「コン」

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 まったく何処か分からないのだが、不安はまったくなかった。。
ここには妖精の皆さんも居た。やはり、金星が近い。→「コン」

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 千本鳥居が見えた。

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 二股のところに出た。向かって左の方に行った。
右に行ったら、熊鷹社にはいけなかったかもしれない。危なかった。


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 案内看板では、熊鷹社まで、もう少しであった。

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 地図で見ると、出たところが、ここの辺りだと思う。
神宝神社と言うところまでは、2分ではいけないと思う。

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 ここが奥の院かと思う。

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 ここから、また山道へ。
途中のお店。赤丸のところだと思う。


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 東京の人の講があった。

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 また鳥居をくぐり、ここに出てきたようである。

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 やっと熊鷹社についた。

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 このむこうに池があり、大事なところなのだそうである。

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 昼間なら、蝋燭がいっぱいあると思う。

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 ここから先が、停電で真っ暗だった。
邪魔の仕業だったのだそうである。

 人生は一寸先が闇である。
悪霊は、何時も悪さをする事を考えているのである。

 ここでは、本当に先には行けないと思った。
続きは明日です。
   
 +(-_-;) 


 稲荷山登山 その2

2009/04/16

 玉山稲荷を右に行って、広い階段手前に鳥居があった。
ここが白狐社の入り口と言う事なのだと思う。

 鳥居の上に居るのが、伏見稲荷大社の筆頭の稲荷狐、お(すすき)である。
本邦初公開なので、皆さんは初めて見たと思う。ここには大稲荷狐が12体居る。立派な光である。

 お薄は他の神社にも来てくれていたのだが、やはり紹介するには伏見稲荷が良いと思った。
その写真は、私の神宝としてしまってある。。

お薄

 天界の波動が、皆さんにも感じられると思う。
下の白馬は大明神様が乗るのだそうである。

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 屋根に居るお狐さんは発寒神社の筆頭さんである。
伏見稲荷で修行されたのである。

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 こちらは6番目の大稲荷狐である。→「コン」
白い狐は8番目の大稲荷狐までだそうである。「白い狐は」日本全国で50体も居ないのである。

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 この上に乗っているのが9番目の大稲荷狐である。社主の師匠様である。
社主の手伝いに来てくれて、私も世話になった。玄関でコンを連打してくれたお狐さんである。

 あの連打がなくては、まさか稲荷狐が外に来ているとは思わなかった。(^_^;
今となっては、楽しい思い出である。灯篭に乗っているのは5番目のお狐さんである。立派な尾っぽである。

 下には笠間稲荷のお狐さんも来ていた。
伏見稲荷は稲荷神社の総元宮なのである。

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 下の鳥居には、アコマチ、3、4番目のお狐さんに加え、建御名方神様も居られる。

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 豊川稲荷は、伏見稲荷の山にも、沢山の幟がある。→「コン」
建御名方神様は、多くの神社に一緒に来てくださる。ある程度の理由は、皆様はご存知だと思う。

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 この頃は、まだ何人かと出会った。道に迷っていた方も居たが。。
この先では、高校生が階段で、まだトレーニング等もしていた。

 続きは明日です。
   
 +(-_-;) 


 稲荷山登山 その1

2009/04/15

 最初は稲荷山の見取り図である。
少し見づらいと思う。

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 こちらが本殿である。神様、お狐さんがいる。

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 神々、眷属の皆さんが居られる。

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 本殿から山へ、最初の階段の鳥居である。

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 地図では、この上が玉山稲荷と書いてあると思う。

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 これがそうなのだと思う。
・・人間が付けた名称は如何でも良いと言っている。ちゃんと神様も、お狐さんも、印のところ以外にも沢山いる。。

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 この裏辺りが白狐社なのだと思う。
お狐さんが、沢山出てきた。

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 続きは明日です。。
   
 +(-_-;) 


 京都へ

2009/04/14

 昨日、思い切って京都に行った。
無事に、今日帰ってくる事が出来た。しかし稲荷山は結構厳しく大変であった。(^_^;

 東京に着いて、東京駅を3時3分のひかりに乗った。

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何と喫煙車がまだあった。絶滅したと思っていたのだが、不覚にも、その喫煙車両に乗ってしまった。

2009_04_14_06.jpg(67138 byte)>

 タバコを嫌いな蛇もいなかったのだが、燻されてしまうので、車両を前に引っ越した。。
静岡辺りで、空に見事な光輪が出た。仏の業である。

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 そして龍神様である。
印刷して飾りたいような写真である。

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 電車は3時間ほどで京都に着いて、JR奈良線に乗り換えた。

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 昔の山手線の様である。
稲荷駅に着いた。

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 二つ目の駅で下車するのだが、ここまでの運賃が280円である。

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 出るとすぐに伏見稲荷大社であった。
百聞は一見にしかずであった。

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 沢山の方が既に訪問している伏見稲荷である。
私も、やっと感じが掴めた。

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 狐の像にもちゃんとお狐さんが憑いている。
やはりこれは良い写真だと思う。

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 そして参道では、稲荷神様とお狐さんたちが待っていた。

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 こちらは、訪問者の御先祖様である。新羅の役人(高官)だったそうである。
読んだ方は、既に分かったはずである。

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 この時、6時半くらいだったと思う。
ご本殿には、宇迦之御魂大神様はじめ五柱が御降臨された。拝んでから登山を開始した。

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 途中は端折(はしょ)るが、邪魔の攻撃で電気が切れて真っ暗なところもあった。山の怪物(邪魔)がいるのだそうである。。
あまりに暗いので、社主に帰ろうかと尋ねたのだが、社主は「戻っては成らん」と言った。(^_^;

 私は正直、あまりの真っ暗なのにびびっていた。。普通は、こんな事は、ないのだそうである。
さすがに社主は稲荷狐である。邪魔の悪さに屈してはいけないのだと言っている。。

 下が下山途中である。時刻は既に9時だった。足は痛いし、正直、宿にたどり着けないのではないかと思った。(^_^;
しかし、社主は邪魔を克服した事に誇らしげである。→「コン」

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 本殿に帰って来たのは10時近かったのかと思う。
京都に行って宿で風呂に入ったのは11時半頃だったと思う。汗でびっしょりだった。

 もう2度と、こんな荒行はしない。。
途中でも、下がすべり、足がもつれて転げそうであった。危なかった。(^_^;

続きは明日です。
   
 +(-_-;) 


 ランナーと妖精

2009/04/13

 皇居の周りは沢山の人が走っている。
どんな思いで走っているのか。見ていた太田姫稲荷神社のお狐さんにお尋ねした。

皇居の周りのランナーたち

 太田姫稲荷神社のお狐さんが言うには、走っているのは、名誉、見栄と過収入、贅沢を望む者たちなのだそうである。→「コン」
さすがと言うしかない、正しい分析だと思う。健康には良くないと言うので、他に思い当たるものもない。。

 只、皆が走るから走っているのだと思う。
今は、都内の職安も異常事態なのだそうである。多くの方が大変だと思う。私はお金をもらっても走れない。

 この日は、初めて妖精に出会った。最初は蛍かと思ったが、蛍はいないと思った。
ここは桜田門の入り口である。お狐さんに混ざった小さな光が妖精である。夢の世界である。

桜田門の入り口

 こちらは中である。 沢山の妖精が、皇居に来たのである。諏訪大社のお狐さんの周りの小さな光が妖精である。

妖精

 ここは門を出たところである。
これは普通の写真である。少しは解かる。

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 こちらは、明るくしたものである。
皇居前広場に向かって撮ったものである。

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 天界から、沢山の妖精も天皇家のお祝いに来ていたのである。
水面に写った星などでないのは誰にも解かると思う。

 皇居周辺も霊域は様々であった。
蛇もいるので注意していただきたいと思う。
   
 +(-_-;) 


 皇居の周りへ

2009/04/12

 10日の金曜日は今上天皇の御成婚50年であった。
私も人生50年以上生きてきて、皇居の濠の傍を初めて歩いた。

皇居の濠の傍

 途中でサッカラのピラミッドに似たものがあった。
ご存知、国会議事堂である。永田町である。「なが」は「りょう」、建御名方神様である。文字通り全てを治めるのである。

、国会議事堂

 その先で、常世岐姫にご縁だと言う霊が出てきた。ヌビアの方である。
ここには憲政記念館と言うのがある。

常世岐姫にご縁だと言う霊

 下が憲政記念館の看板である。「おさき」と言うのは埼玉(さきたま)の津、小崎沼の「おさき」である。→「コン」

憲政記念館の看板

 国会前から、桜田門に出た。
見えるのは東京駅方面である。街の灯が綺麗である。

東京駅方面

少し進んだところで、沢山の方が出てきた。

沢山の方)

 このままでは、やはり良く解からないと思う。
下が明るくした写真である。同じものである。歴代天皇家に正しく仕えた皆さんである。

沢山の方2

 もちろん誰も降臨されてこないところでは、何も写ってはいない。当然である。
興味本位の悪戯では、何も写らないのである。興味本位では、写っても悪霊くらいである。

 天皇家の節目の日に、この地に呼ばれたのは、ある方に引かれたからである。
下の写真の方である。天皇である。

天皇

 沢山の歴代の天皇が、私のところに来てくださった。そのうちの一柱である。
沢山の神々も応援してくださるのは、私のサイトは、天の勅命ではじめたサイトだからである。

 多くの神々が、沢山の内容を掲載するよう私に依頼して来たのである。
そのおかげで、皆さんは、神職僧侶さえ知りえない、多くの秘密を知るに至ったのである。

 私はかって宮内庁にも匿名で親書を送った事があった。「このえ」と言う方に、宮内庁に伝えて欲しいとお願いされたからである。
天皇家に危機があったのだそうである。これは私と関係者以外誰も知らない。原発の投書以前である。

 それから、ことら総合研究所を開設したのである。
3年ほどして、社主が「コンコン」とノックして、お手伝いに来てくれた。→「コン」

 とても、ありがたい事であった。
   
 +(-_-;) 


 山王日枝神社

2009/04/11

 昨日は、大山咋神様に、赤坂にも来て欲しいと言われ、3時半頃家を出た。
相変わらず溜池山王駅は通路の起伏が激しく行きたくない駅であった。

 しかし、地下鉄から出るとすぐに神社である。
宮司が、大山咋神様に、姿を見たいとお祈りしたそうである。宮司の願いは叶うかもしれない。

山王日枝神社

 上野から銀座線で25分くらいだったかと思う。
途中でお狐さんが迎えに来た。上からだが立派な鳥居である。エスカレーターは修理中であった。

立派な鳥居

 かなりの階段であった。(^_^;

かなりの階段

 上に上がると、神域はさらに長屋の中である。
お狐さんが待っていた。ここを通るのである。

神域はさらに長屋の中

 通りを抜けたところは、こんな感じである。

通りを抜けたところ

 大山咋神が待っておられた。
この写真には、もう一柱、国常立神と言う方が居られる。

大山咋神

 ここから山王稲荷神社、八坂神社に行った。下の鳥居の長屋門の奥がお社である。定時で閉まっていて入れなかった。
こちらの方が写真の写りは良かった。お狐さんは、太田姫稲荷神社で修行したのだそうである。9体居られる。

山王稲荷神社、八坂神社

 下の写真にも、天界の光が入った。これは常世岐姫である。八坂神社だからである。いつも凄い光である。
お狐さんだけでなく狛犬も6体いるそうである。見ての通りである。ただし、これは山王稲荷だそうである。

天界の光

 日枝神社はもちろんエジプトとも縁が深い。ヒエログリフと言う象形文字も知っていると思う。
ネフェルテイテイも降臨して来た。大山咋神様と一緒に写ってくれた。

ネフェルテイテイ、大山咋神

 それにしても山である。
終礼をして帰り道に付く巫女さんの前では、お狐、狛犬の皆さんが挨拶をしてくれた。→「コン」

お狐、狛犬の皆さん

 巫女の皆さんは、お狐さんや、狛犬が楽しそうに挨拶してくれているのを知っているのかと思う。→「コン」。
総勢15体の眷属の皆さんである。私の部屋がコンコンと賑やかなのは当然である。(^_^;

 この後は皇居に寄った。
続きは明日です。
   
 +(-_-;) 


 無明の事

2009/04/10

 無明とは仏教で言う。真理に暗い事である。
末法の世は、何も解からなくなり、神仏を否定してしまうものが出てくる。

 神や仏は、いくら追い求めても、ほとんどの方の目には見えない。
また、声も聞こえないのである。

 霊道の開いた者には、最初に野狐、蛇、悪魔が騙しに来るのである。
多くの行者は、最初に聞いた声を神の声と思ってしまうようである。→「コン」

 多くの場合、そこから不幸が発生する。
イカや蛸を食べてはいけないというのは、やはり爬虫類に騙された教祖なのだと思う。→「コン」

 こちらは、鴻巣の古墳跡の脇の道である。社主のお社の前である。
沢山の神々が居られる。

鴻巣の古墳跡の脇の道

 しかし、多くの人は神神が居るなどと夢にも思わない。
これが現実だが、真実は違う。下のは上と同じ写真である。明るくしたものである。


沢山の神々

 今日も沢山の神々が降臨してくださった。

 皆さんも修行が進めば、感覚が研ぎ澄まされてくるのである。
ある段階まで行くと、稲荷狐が「コン」を聞かせる事を許可されるのである。

 只、これも、野狐も真似をする事があるので、心の内に不要な欲があってはいけないのである。
何が欲かと言う事が、大きなテーマである。これは各人が悟るべき事である。

 強欲な者はおかしな大義名分を付ける。政治家、役人も良く見分けないといけない。
法律、司法などは悪魔が自らの欲と「苦」のために考え出したものである。魔界にしかないのである。

 何故なら、他の星には貨幣などないからである。当然、他の星には青少年の自殺などない。
社主のお社に、三ツ木神社のお猿さんが来てくれた。胎蔵界にも、当然、不幸の根源である貨幣などない。

三ツ木神社のお猿さん

 御信徒の皆さんを守る眷属のネットワークは凄いのである。
それでないと、悪霊に騙されるからでもある。

 こちらは鴻巣の総鎮守である鴻神社である。
上にいるのが御祭神様である。公文書には載っていないが鴻巣大神と呼ばれている。胎蔵界の方である。

鴻巣大神

 ここも稲荷神社が合祀されているのでお狐さんがいる。本殿の左の方の建物にである。→「コン」
昨日も、「コンコン」と沢山のお狐さんがやって来た。

 お参りにこられた皆さんの心に、光が灯るのが嬉しいそうである。→「コン」
   
 +(-_-;) 


 軍荼利明王

2009/04/09

 軍荼利明王とは金剛界の仏である。木星に住んでおられる。
衆生の悩みを炎で打ち払うとされる。蛇が邪魔をしてからんでいるそうである。

 こちらは鴻巣市内の真言宗智山派の法要寺と言うところである。
昨夜、急に引っ張られた。神様仏様は忙しいのである。

法要寺

 真言宗智山派のお寺である。
お狐さんも手伝ってくれるのである。こちらはお馴染みの威光稲荷堂のお狐さんである。いつも凄い光である。

威光稲荷如何のお狐さん

 今日の写真は太陽の黒点のように邪魔が居る。隣に居るのが軍荼利明王なのである。
まさに、このお狐さんは明王様の右腕の様である。

 太田姫稲荷神社のお狐さんと、威光稲荷堂のお狐さんがツーショットだと夢の世界の様である。
悪霊たちが、一般人に絶対見せたくないのだそうである。。真の神、仏を信じてしまうからである。

太田姫稲荷神社のお狐さんと、威光稲荷堂のお狐さんがツーショット

 このお寺も、加賀前田と縁のある格式あるお寺である。
そして、このお寺の土地は「うさぎ山」と呼ばれていた土地なのである。

 もちろん兎は見た事がなかった。
皆さんには理由が解かると思う。この事も悪霊たちは知らせたくなかったのである。

 業を持つ人が、業を修正するのは容易な事ではないのである。
業のある人は、私の言った事を理解できない方が多い。それは蛇、野狐、悪霊が邪魔するからである。

 これが養老先生が言っていた「馬鹿の壁」と言うものの類である。
業のある方は、焦る人が多い。霊が鬱を起こすからである。→「コン」

 それが失敗に繋がる悪循環が起こるのである。
ますます鬱は悪くなってしまう。

 苦しい人は、まず焦らない事である。
そして、悪いものをひとつずつ改善してゆくしかないのである。
   
 +(-_-;) 


 神話の真は

2009/04/08

 読みづらいタイトルだと思う。そう意図したのである。
昨日は桜が満開になった。

 社主が大切なところがあると言うので取材に出かけた。
途中で市内の氷川神社に寄った。ここも桜が満開であった。

市内の氷川神社

 目指したのは、この丑寅の古墳であった。
北本市の北里病院の近くである。

丑寅の古墳

 昔は古墳には何も思わなかった。
ここにもフリーメーソンの皆さんがやってきたのだそうである。

須野子新田

 須野子新田の新田は神殿だったようである。須野子とは皆さんが思う通りの人たちである。
もちろん、アフラマズダ神(建御名方神様)、田中大神様をお祭りしていたのである。

 氷川神社と言えば、スサノオである。
実は、スサノオは建御名方神様の弟子だったそうである。

 このスサノオが「金」を造り、世を混乱させたのだそうである。それで天界をクビに成ったのだそうである。
建御名方神様が金の亡者だと言っている。文字通りである。

 本来、建御名方神様が祭られるところに自分を祭らせたのである。
写真に見える須賀神社もスサノオを祭っているのだそうである。これは何処の国から来た人の氏神様かは、皆様は解かっているはずである。

かなたに見える須野子新田

 ここには湧水がある。
ここにはウガヤの26代から27代にかけ、胎蔵界を経てやって来たのだそうである。それで、この上が権現様なのである。→「コン」

湧水の標識

湧水

 悪しき役人を逃れて日本に来て、しばらくは良かったのだそうである。出エジプトに似ている。
社主も、ここは住みやすそうだといっている。狐もいるそうである。

狐もいる山

 しかし、やがて蛇の憑いた役人どもは、地を這って、この日本までやって来たのである。
そして、蛇の憑いた役人どもは恐ろしい力で神話を捏造したのである。

 それで神話の真は、見えなくなったのである。
ちなみに、この辺は石戸と言うのである。
   
 +(-_-;) 


 野村の満願寺

2009/04/07

 氷川神社からの帰りに万願寺に寄った。
有名な枝垂桜(しだれざくら)がある。今、日記を書きはじめたら、こちらの方が来た。15代前の方だと言っている。

満願寺の看板

 77号は何回通ったか解からない道である。
初めて野村の満願寺には来た。栃木は何度か行った。良い言葉が書いてある。

野村の満願寺

 角のような山門は新しい。

角のような山門

 こちらは枝垂桜の幹である。
こちらの方が15代前の方である。現在の住職「和賀」さんのご縁の方だそうである。背後に池が見える。

枝垂桜

 皆さんは、既に和賀さんの事も感づいたと思う。和賀さんは秋田の方である。阿字観の「阿」である。
下が、このお寺のシンボルとも言える枝垂桜である。樹齢は600年以上と言われる。

お寺のシンボルとも言える枝垂桜

 こちらは古墳の皆さんである。
ここにも12の古墳があったのだそうである。現在は2つくらいしか分からない。

古墳の皆さん

 下は池の反対側の古墳である。×は混ざった悪霊を封じた印である。
悪霊は、この古墳の宝を狙って来た者たちである。仏罰が当たったそうである。→「コン」

池の反対側の古墳 ×は混ざった悪霊を封じた

 ここも胎蔵界に通じるところが多い。
木にもしるしがある。山王様、三ツ木神社の御神木と同じようである。

御神木

 そして、胎蔵界との通行に絶対必要な池も、ちゃんとあった。ここは山号を胎智山と言う。
前方後円墳も水で囲まれているのが本当なのである。

 多くの城もそうである。
大陸はいくら万里の長城を造っても天とはならないのである。

 それは島ではないからである。
満願寺の仏の皆さんが開運されたといっている。

 今日も光が凄い。
   
 +(-_-;) 


 阿字観

2009/04/06

 阿字観とは万物の根源である阿字を観想する行法である。
阿字と行者の心が一体にならないといけない。阿は大日如来とも言われる。私の守護の仏でもある。

 弘法大師は、かって鴻巣市の安養寺と言うところで手形を置いて言ったとされる。

鴻巣市の安養寺

 星に導かれ、中仙道を鴻巣にやってきたのである。
それは安養寺に「阿」が見えたからである。

 多くの密教行者は、何度生まれ変わっても「阿」が見えない。→「コン」
見えたのは、ここに来る僅かな僧侶の方だけである。

 ここに通っている皆さんは、大きな秘密を知ったのである。
埼玉(さきたま)から鴻巣にかけての「阿」は、皆さん以外この世の誰も知らない事である。

 阿字観が何故大事かと言えば、それは見えない敵を除けるためである。
敵は見方の振りをして、親切そうに皆さんに近づいてくるのである。それは略奪、私腹を肥やすためである。

 先日の役人の給付金も詐欺のような話であった。→「コン」
太古の昔から、悪い役人との戦いは続いているのである。

 そんなヌビアの皆さんが飛んで来て住んだのが埼玉(さきたま)の野であった。邪霊が騒いだ。
一部で同和地区が出来たのは、事故だったそうである。昔のアメリカの様だったかもしれない。

 ただ、この話は、この世に一切ない話である。大きな力で封じられてきたからである。
古墳があると言われた、行田市野にある氷川神社に行って来た。

氷川神社

 77号から奥にあるのでまったく知らなかった。
桜は満開前であった。

氷川神社

 桜の下に、ヌビアの御先祖様、神々が居られる。
良い写真である。

ヌビアの御先祖様

 こちらが古墳である。
最初は、ここにも14基の古墳があったそうである。

氷川神社の古墳

 行田も鴻巣も、市内のあちこちに、沢山の神々が居られる。
「阿」を感じられた皆さんは、世界が変わったと思う。
   
 +(-_-;) 


 「まるやま」の続き

2009/04/05

 あちこちに、丸山、円山というのはある。
昔は、只の地名と思っていた。徳島にもあった。ここも目である。

徳島のまるやま

 関東では都内にある渋谷の円山町が有名である。
ある方の御先祖様は、「阿」の地からここにやって来たそうである。

渋谷の円山町

 岩船は聖徳寺と言うところに降りたのだそうである。
そして、ある方の御先祖様は、大坂緑地と言うところに住んでいたのだそうである。

大坂緑地

 こちらは坂の上である。
ここも古墳だったのである。

大坂緑地

 そして途中である。

大坂緑地

 こちらが坂の下である。

大坂緑地

 ここは行政上は目黒区になるようである。
相談者は目黒区に住むつもりだったそうだが、この方の御先祖様は目黒区は住んではいけないと言われた。

 理由は、御先祖様に敵対したものが居たからである。悪い霊域があるからである。今も邪霊が出て来た。
かっての神代の栄光を残そうとする者と、それを奪おうとする侵略者は、いつでも戦っているのである。

 多くの宗教で言う神と悪魔の戦いである。
この相談者も、御先祖様は神官だったのだそうである。

 できれば大田区の沼部に住んで欲しかったそうである。
皆さんは、こんな話も、なんとなく理解出来るように成ったと思う。

   
 +(-_-;) 


 発寒神社の謎

2009/04/

 長い間の謎、発寒神社の事をお伝えする。
何故発寒なのか。ストーンサークルは何故あったのか。

 発寒神社の歴史は北海道神宮より古いと言われているのである。
それは、アイヌ民族にまで繋がる事であった。

 アフリカと言う事は前に、この日記で伝えてある。
神々に、アイヌの故郷に案内していただいた。こちらである。

アイヌの故郷

 西サハラのアイウン(→アイヌ)と言うところなのだそうである。
ここにはハッサン(→発寒)と言う飛行場もあった。セットで揃っていた。

ハッサン飛行場

 西サハラのあるところから岩舟に乗り、現在の発寒神社に着陸したのだそうである。
環状列石は着陸するために在ったのである。東日本は、長野より東のあちこちにある。

 こちらの目が、西サハラの岩船の飛行場だったそうである。

西サハラの岩船の飛行場

 やはりウガヤの28代の時に、侵略者から逃れてきたのだそうである。現在の英国だったと言っている。
それで、西28丁目があるのだそうである。普通は、ここまではない。

西28丁目

 このそばにある藻岩山はエジプトの人である。エジプトからも沢山来たのは既に紹介した。
上尾にもあった「まるやま」はポンポン山のようなものである。

 ウガヤの時代の巨大な政変は、恐ろしいものだったのである。
3700年ほど前は、神官がいれば、まだ天の浮き舟が使えたのだそうである。

 しかし、侵略者は地を這って攻めて来たのだそうである。→「コン」
三内丸山遺跡は英国の侵略者に滅ぼされたと言うのは大分前の日記に書いてある。

 出雲も悪い草冠に滅ぼされているのである。
歴史は繰り返したのである。

 アイヌの皆さんはご苦労様でした。
   
 +(-_-;) 


 今日の訪問者

2009/04/03

 訪問者様に猫の写真を送って頂いた。
可愛い猫で、眷属の素質がある。

可愛い猫 お狐さんが憑いています。

 猫も、その霊的資質は様々である。
あちこちの神社や古墳に猫が出現するのは偶然ではない。

 この猫は、訪問者の方が神棚にお祈りしていると、寝言を応えるのだそうである。
それが、お狐さんが憑いている証拠でもある。→「コン」

 今日記を書きはじめたら、この猫が来た。(^_^;
飼い主を思う猫や犬は多いが、全てではない。

 猫が居なくなって潰れたと言う家も多いのである。
蛇が寄ってくると、猫を嫌がる者が来るのだそうである。

 ふざけた占い師などがやってきて、ネズミ年の人は猫を飼ってはいけない等と言うのである。
もちろん嘘である。蛇は邪魔をする猫を排除したいのである。→「コン」

 人間の世界は、凶作でもないのに、人間が作った貨幣の仕組みで、多くの人が苦悩している。
餓死までした人も多いのである。

 それは社会保障の嘘、役人どもの仕業である。役人を悪魔と言わずに悪魔は居ないのである。
今の世界は、私も学んだ法律など適用されていないのである。

 社会保障、公的扶助は、困っている人には積極的に、その場で適用されなければならなかったのである。
ところが悪魔どもは、弱者の保障を打ち切り餓死させている。

 今の派遣を切られた人だって、経済扶助を申請しても受け入れてもらえる人は僅かなのである。
それも申請が通ってから1月かかる。

 申請など通さず、自給800円のパートのチラシを持って来る役人もいるのだそうである。
話を聞いていて、役人を悪魔と思う人は多いと思うが、その通りなのである。悪い中国人丸出しである。

 もらえるはずの国民年金を、窓口で役人が申請を受け付けなかったので殺したという人もいた。
何のつもりか、馬鹿な役人は横柄で威張りたがる。自分らは国民の血と汗である税金にたかっているのを忘れている。

 皆さんが神様だったら、悪い役人どもを許せないはずである。
それは、現場で御信徒の皆さんを御守りしている眷属は余計なのである。

 良い役人の皆さんは、悪い役人をしっかりと排除するのが役目であると思う。
求職中の皆さんは、不景気は、神々の性ではないので、考え違いしないで頂きたいと思う。

 皆さんに経済的な苦しみがあるなら、それは悪い人間の性である。
日本は今、恐ろしく巨大な、破滅のカルマの中に居るのを、政治家は考えるべきであると思う。

 金だけ欲しがる、役人の手先の様な政治家ばかりでは、日本はもう駄目である。
悪い役人が粛清出来ないからである。
   
 +(-_-;) 


 牛ヶ谷戸の秘密

2009/04/02

 先日,  牛ヶ谷戸の事を紹介した。
なぜ、牛ヶ谷戸か、ご案内する。太古よりの秘密である。稲荷神様の偉大な仕事である。偶然はない。

牛ヶ谷戸

 大きな丸印に秘密がある。その上には飛行場もある。目に付く「吉」はエジプトである。
これは、あるところに良く似ている。下である。

ルクソウル=光明の祖牛

 「ルクソウル=光明の祖牛」の地形と瓜二つである。
ルクソウルには飛行場もある。ここにも在ったのである。見た事がないランドマークである。

岩船の飛行場

 ここはウガヤ朝の26代まで使えたのだそうである。
そして、荒川の対岸にも証拠がある。

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 荒川の端に向かう道は、見事に丑寅である。
そして、上尾(あげお)には大石(おおいし)平方(ひらかた)などと言う地名がちゃんとある。

 だがこの周囲も侵略者が荒らしている。変な神社もある。
熊野神社は、荒らされなかったので埋蔵品が出たが、それも何点か盗まれたそうである。

熊野神社

 ここは稲荷狐が守っていたのだそうである。この辺の円墳はインドの人が作ったそうである。→「コン」
この世は、敵と見方が混ざって居るのだと神々は言っている。

 身分卑しい蛇どもは、自分の汚いのが分からないのである。→「コン」
今日は最初から光が凄い。皆さんも感じていると思う。

 丸山公園は良い所がある。
休みの日には行って見たいと思う。
   
 +(-_-;) 


 4月の光

2009/04/01

 陽気はまだだが、4月になった。
昨日も寒かった。

サクラの蕾

 日本の学校では新学期の始まりである。
「ことら学園」も新しい世界を紹介したいと思う。

 沢山の歴史書の中にはアヴェスタの事が書かれているものがある。
しかしながら、アヴェスタは多くが消えている。

 実は真言も、その中にあったのだそうである。

真言、マントラ、マニ車は法輪なのだそうである。良い輪廻循環の事である。

 多くの人は俗界の欲で考えを誤る。

 真言は平仮名では、以下のようなものが一般的である。高尾山で何度も聞いた。。

 もとは大山咋の神、猿田彦大神様(ゾロアスター)のものだそうである。

 ゾロアスター教の経典アベスタにあったそうである。


 おん
  あびらうんけん そわか

  ぎゃーてー ぎゃーてー
  はーらー ぎゃーてー
  はら そう ぎゃーてー
  ぼーじー そわか

 この意味は、阿字観とともにある。

 人類が最初に地球に出たのは、アフリカのリビアだと聞いている。

 「あびら」の「あ」はアフリカである。「びら」は大地、土地である。

 「おん」は降りた事である。→「コン」

 宇宙から来た人類は、仲たがいせず、神仏の下で嘘のない日々を過ごしなさいと言う事なのである。

 現実は欲の深いものや、事件を起こす者が多く、地球人類は混迷を深めている。

 「ぎゃーてー ぎゃーてー
  はーらー ぎゃーてー」

 同胞(はらから)手を取り合い歩めば、

 「ぼーじー そわか」とは

 天なる父(=宇宙、諸如来、諸菩薩) 健やかである

 と言う様な意味である。
ざっと真言の解説をした。いろいろあると思う。

 それにしてもアヴェスタまで盗用されているとは思わなかった。○○正宗、○○真宗、○○本宗などが多いのも頷ける。
護摩と真言は、拝火教の神アフラマズダ、建御名方神様を猿田彦大神、ザラスシュトラが祭ったものだったのである。

 実は建御名方神様は猿田彦大神様の先祖に当たるのだそうである。
これが、アフラマズダ神を、ザラスシュトラがお祭りした理由だったのである。沢山の神々の繋がりが見えたかと思う。

 そして、ヌビアの皆さんは稲荷神様を祭られていたのも知っていると思う。
ヌビアの皆さんを日本に招いたのは猿田彦大神様だったのだそうである。

 猿田彦大神様は世界中で土木の指導をした。エルサルバドルもそうである。
千葉の印旛沼なども猿田彦神社がある。

 常世岐姫神社に建御名方神様が祭られているのも、こんな理由もある。
新興宗教では神をでっち上げ、あるいは自称天孫を名乗ったのである。天孫とは神の子孫である。

 自称、宇宙で一番えらいなどと言っている教祖には笑ってしまうが、恐ろしい事に信者は信じている。
神より偉いなどと言う教祖は、只の馬鹿である。

 神の子孫は、人前には出ないのである。
それは、皆さんの中にも、居るのである。誰であるかは教える事はない。

 私のサイトに来る人は、沢山の蛇に苦労したはずである。
蛇どもも、天孫の人は解かるのである。それで邪魔に来るのである。

 信じようと信じまいと事実である。
昨夜も一匹黒い蛇を退治した。

 今月も、皆さんに、真が見えるようにお祈りしています。
   
 +(-_-;) 

 
ことら総合研究所
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