平成21年、お正月の日記

 平成20年 大晦日

2008/12/31

 早いもので、今日は平成20年の大晦日です。
多くの訪問者の皆さんは、無事に年が越せることをお喜び申し上げます。

 社主のお社も新年の用意が出来ました。
お狐の皆さんも、訪問者様にご挨拶に来てくださいました。

お狐の皆さん

 旗のそばに居られるのは、威光稲荷堂のお狐さんです。
大きな光は豊川稲荷瑞祥庵、曹洞宗のお狐さんです。

諸天善神の皆さん、お狐の皆さん  そして、前の土地には無数の諸天善神の皆さん、お狐の皆さんが着ていました。
今年一年のご挨拶に来られたのだそうです。

 こちらは金の鮒が釣れた池の方角です。
大きな光が居ります。稲荷神様ですが、地球の名前がないそうです。左上の立派な光は笠間稲荷神社のお狐さんです。

金の鮒が釣れた池の方角

 広辞苑で調べても銀ブナが一般的です。お正月はスズメ焼きが出る家もあるかと思います。
生出塚古墳はとても巨大でした。今日も祟っているという霊が出てきました。当たり前です。

 金の字がつく家の男子も、おかしなものがとても多いです。
理由は、皆さんの想像のとおりです。下は鴻巣の保健所です。ここも古墳の上です。

鴻巣の保健所

 一時、農林省のゲストハウスもありました。頭にターバンを巻いたインド人も来ていました。
それで、この写真にもインドのお狐さんがいます。

 まだ、多くの写真が整理しきれません。
来年は、まだ景気が沈みそうです。慎重な構えが大切です。

 皆様が良い年を迎えられますよう、神々、眷属の皆さんと共に、お祈り申し上げます。
→「コン」

    +(-_-;) 


 箕田(みだ)

2008/12/30

 箕田とはどんな意味か、考えていた。
箕田氏とはやはり、アラビア半島の JIZAN 近辺から来たのだそうである。 Midder なのだそうである。

箕田

 そういわれると確かにそうである。紅海である。
モーゼにも縁が深い。三つ岩などもある。

 昔の方は、英語も知らなかったので解らなかったと思う。
それにしても、歴史から鴻巣周辺も疎外されていると思う。

 関西では中国人が力を入れ、古墳まで捏造したので、真実は邪魔なのだと思う。
大阪のおばさんは、オレオレ詐欺には引っかからないという。中国人の嘘には免疫があるのである。

 いつも邪魔に来るのは中国人の悪霊が多い。
中東とは、「天に中る」という意味である。三島もJIZANの近くである。

ヨット

 いくら古墳を破壊して、文書を捏造しても、神霊の皆さんはちゃんと事実を語ってくれる。
神様は、やはり拝むのが良いと思う。

 自称神様には注意しましょう。

    +(-_-;) 


 清和源氏

2008/12/29

 昨日、源経基のことを書いたら、源頼家という方が感応された。
清和源氏は、実は陽世源氏ではないかと言う話もあるがそれはおいておく。

 父頼朝は北条の手により殺されたそうである。
それで、北条は近くにおかず、疎外したのだそうである。

 この時、源頼家を引き立てたのは、比企氏だったそうである。ポンポン山のあるところである。
当然、北条は面白くなく、対立した挙句、源頼家の弟を祭り上げ、頼家は伊豆に幽閉され、後に殺されてしまった。

 北条は、伊勢氏の出である。
比企氏は、やはり先祖は中東の出であった。今はないが、ここに島があったのだそうである。

Hibar

 イエス様が居られたJIZANも近い。縁が深いのだそうである。
母の北条政子が頼家のために、伊豆に建てたのがこれ、指月殿だそうである。

指月殿

 「指」とはイブである。指宿(=いぶすき)だそうである。
月はもちろんエジプトである。月ではウサギが餅をつき、正月に備えていると思う。

 将軍様は苦労が多かった。
箕田、八幡田と比企郡は荒川をはさみ隣である。かっては箕田村、八幡田村であった。

 源頼家と言う霊は、先祖の地、箕田村にも来たことはあったのだそうである。
そこは古墳群より17号よりの赤見台という土地であった。北鴻巣駅の向こうである。

 かっては広大な田んぼだったが、金の亡者が大開発して広大な団地になってしまった。。
沢山の古墳があったはずである。→「コン」

赤見台

 赤見台とは赤色人の土地で、そこに伊勢の「アオ」が攻めてきたというような図である。
曹洞宗の瑞祥庵では赤鬼が青鬼をやつけている。。

 来年の政界も、そんな感じである。

    +(-_-;) 


 箕田碑

2008/12/28

 箕田碑とは鴻巣市の氷川八幡神社というところにある文化財である。
下が神社である。13代前の宮司さんが出てこられた。開運されたと言っている。ご苦労様です。

氷川八幡神社

 下が、その碑である。

箕田碑

 傍に解説があった。

解説、箕田碑

 大変に意味深そうな内容である。
訪問者様は、意味が感じられると思う。

 この源氏の館跡は、満願寺傍の氷川神社辺りである。
氷川神社とは箕田の2号墳である。

氷川神社

 長い間、氷川神社の意味が解らなかった。御祭神は、嘘っぱちのスサノオである。
氷川(ひかわ)とは本当は「永川(ながかわ)」だったのだそうである。「なが」とはnag-elのことで、火の神アフラマズダ、建御名方神様である。

 事実は巧妙に隠蔽されていたのである。
「なが」は「よし」でもある。これが「吉」である。これは神智である。エジプトである。

 「六」とはもちろんネフェルテイテイである。
この氷川神社がさいたま市の氷川神社の元宮とも言われているのである。

 確かに歴史的に考察すると、さいたま市の氷川神社は規模からも異常である。
中国人工作員、草が歴史の捏造のために造ったと考えると妥当である。神様もいない。

 諸天善神の皆様の承認がいただけた。
長い間の、胸の痞えがとれた。

 氷川様は、実は永川様だったと言うことである。関東に200近くあるようである。
埼玉の人でも、「ながかわじんじゃ」と言う人もいるので、これが正解だったと言うことである。

 皆さんは、社会生活上は氷川神社と呼んでいただきたいと思う。

    +(-_-;) 


 寒波襲来

2008/12/27

 闇の中の歴史の謎は深い。
日本人でも多くの方は石切さんを知らない。

石切さん

 私もまったく知らなかった。
ジンバブエの遺跡など、なおさらであった。知る由がない。

ジンバブエの遺跡

 こんな写真は日本にはないと思う。
これはなんだったのか。材料の石を切り出すだけでも大変だったと思う。

 いまだに、ここを破壊した邪霊どもがいた。
神武天皇は、これが何だったか知っていたのだと思う。

 こちらの遺跡も、ピラミッド同様に人智では出来そうもない。
不都合な真実は、何も伝えないのが役人である。

奇跡の石積み

 亀に蛙が乗っているような感じでもある。
かって、12月25日のお祭りは、この中で行ったそうである。

 それは地中に下りていったのだそうである。
悪しき者が攻めてきたからである。それがウガヤの29代の時であったという。

 昨日、テレビで放送された東京大空襲も、悪魔B-29が主役であった。
北英、伊の者たちは大寒波に襲われ、この時代に南に侵略をしてきたのだそうである。

 今日は、とても寒いが、寒さが違うのは当然である。
侵略者の国は、住むには辛い地獄であったのである。

 しかし、侵略は許されないのである。
請求書は、必ず子孫に回ってゆくのである。

    +(-_-;) 


 愛宕神社の猫

2008/12/26

 こちらは有名ではないが愛宕神社古墳と呼ばれている。
立派な鳥居がある。ここも富士山というところである。

愛宕神社古墳

 いつものように猫がいた。シャムネコである。とても可愛い。
昔私も飼っていた。しかし、別れが辛かった。

目を光らせるシャムネコ

 神様のために古墳を見守っているようである。
猫が呼んだのか、神様が参られた。猫の後ろの木が、神様が降臨される御神木である。伐ってはいけない。

神様降臨

 こちらがお話したイドフで神官をされていたという方である。
ご縁の方も多い。ここは数百万人の命を繋ぐ、武蔵水路の傍である。荒川にも近い。

愛宕神社

 この近辺では、大きな古墳である。
箕田五号墳というところである。

地図

 ここは一般の地図ではまったく判らないところである。
いつも諸天善神の皆様には、心あるご配慮いただき嬉しいことである。

 神々も、大変な苦労で、この地上の人に真実を伝えていてくださるのである。
遊び半分な気持ちで、古墳に行かないでいただきたいと思う。

 ご苦労様です。

    +(-_-;) 


 土地と祟り

2008/12/25

 今も、エジプトで神官であったと言う方が着ていた。
訪問者様の中で縁がある方がいるのだそうである。

蛇を祓う狐

 遠い時代、エジプトで、この方の弟子だった方たちが、今の時代に出ているのだそうである。
これは、新興宗教の嘘っぱちではない。

 かっての狐はウサギのようだったのだという。 今も狐は大変に耳が良いという。

 いったい誰が、この世に嘘を蔓延(はびこ)らせたのか。
下は、緑の色の人間である。

 折ったものは、真実だそうである。
あごひげは役人なのだそうである。

緑の人間

 そう言えば。凶悪なグレイという宇宙人も緑だという。
日本で言う「アオ」とは意味が広い。

 強力な言論の監視があったのだと思う。
今、あちこちの役人にも、土地の祟りが沢山起こっている様である。

    +(-_-;) 


 クリスマス

2008/12/24

 今年もクリスマスがやって来た。
いつの頃からか、イエス様の誕生日ということに成っている。

2008_12_24_01.jpg(130281 byte)

 クリスマスはの元になった祭りを行っていたのはミトラス教である。

 ミトラス教は、古代イランのミトラ神信仰に発し,ゾロアスター教,マズダク教などと習合しつつ,1世紀後半から4世紀ごろまでローマ帝国のほぼ全土に広まった密儀宗教である。

 英語で Mithraism。7位階からなる信徒組織をもち,ミトラス Mithras を太陽神として崇拝していた。
祭儀は洞窟や地下神殿で行われたと言う。犠牲には雄牛を用いたと言う。その最大の祭日が12月25日だったのである。

 そう言えば、出雲大社でも鹿の首を捧げるとか言っていた。
・・建御名方神様に尋ねたら、いつの間にか、愚か者による悪魔崇拝に成ってしまったのだそうである。

 悪魔は狡猾に、善悪を摩り替えるのである。
今の世界が、そのままの見本である。住まいと職を失った人たちがクリスマスのお祝いどころではない。

 南米で生贄を使用したのも同じである。
地球の人間は、いくらでも堕落してしまうのである。それで、禊をしないといけない羽目になるのである。

 肝心のイエス様は、このお祭りが嬉しいのかお尋ねした。
イエス様は、富める者は、すべて地獄堕ちと言っておられる。。

 名誉見栄、過収入、贅沢は神々の敵なのである。
そして、空腹もまた敵なのだそうである。

 貧すれば鈍するという。今も、ホームレスになった若者を自衛隊が勧誘しているのだそうである。
皆さんが、調和のある日々を過ごされるのがイエス様や諸天善神の皆様のお喜びだそうである。→「コン」

 ケーキをおいしく食べるには、何も差し支えないと思う。
ケーキは、食べる前に、稲荷狐の皆さんに召し上がっていただきましょう。

 社主もケーキは好きだそうです。。

    +(-_-;) 


 金の(しゃちほこ)

2008/12/23

 今まで、考えもしなかった鯱であった。虎(トーラ、経典)の魚(ウオ→マナ、真)、牛宿である。
立派な2匹の魚は城の上、天守閣の両端にある。

松江城

 名古屋のは金である。

金の鯱

 普通はお城の上のものだが、お寺の上にもあった。
鴻巣市内の曹洞宗のお寺である。鯱ではなく、金の角と言うのがあっていると思う。

金の角

 しかし、曹洞宗の本家の永平寺には角はない。

永平寺

 これは、ここだけの特徴かもしれない。
地中のフリーメーソンの方が感応された。ここにも、古墳があったのだそうである。

古墳の跡

 見事な配置である。あそこが角、二本だったわけである。
そうである。この辺は二本なのである。同和地区もある。

 常世岐姫のご兄弟も、皆フリーメーソンだそうである。

    +(-_-;) 


 勝願寺

2008/12/22

 日曜日に、あちこちと市内を巡った。
最初の勝願寺と言うところに行って来た。そしたら、初代の住職様が感応された。八代前の方だそうである。

最初の勝願寺

勝願寺の航空写真

 上の○のお寺である。ここには文化財がある。
六地蔵板石塔婆というものである。

六地蔵板石塔婆

 この下に彫ってある。

六地蔵

 下が説明である。

説明

 どう見てもフリーメーソンの仕事である。
1362年、鎌倉時代が終わり南北朝時代である。この方は遠いところから来た僧である。

 木彫りの仏像も彫る方が居るが、石も彫っていたのだそうである。
その方が来たのが下である。

salomon islands

パラダイス

 12名(6人×2)で、この地から日本にやって来たのだそうである。
ここは阿地だったのだそうである。阿字ではなく、阿地が本当なのだそうである。それが「勝願」なのだそうである。

勝願寺

最初の勝願寺

 時代的に鎌倉風である。
この辺は田間宮(たまみや)と言う地名もある。ペルシャの方が多かったのだそうである。

 そして徳川家康に縁の深い勝願寺はイエメンの方である。
実は島の出身の方は多い。城や古墳が、周りに堀があるのは、それは大事な要件なのである。

近所の古墳

 ここも回りに周掘りがあった。鴻巣市の井戸も傍にある。
生出塚にも、こんな古墳跡が沢山あった。学校では教えない。教員も知らないからである。

 子供のころ、そこでは金色の鮒が釣れていた。鯉ではない。
金色の鮒はどこにも居るのかと思っていたが、あれ以来見ていない。

 考えれば、あそこも不思議な堀であった。
この僧侶の来た島は、土星からご先祖様が来た方が多いのである。土星は竜宮城のある星である。

亀さん

 この亀は事実を現している。
常世岐姫と亀の関係も感じられたかと思う。

 お寺と亀は縁が深いようである。

    +(-_-;) 


 常世岐姫の巡幸U

2008/12/21

 とても大事なところである。
昨日に続き、常世岐姫に巡幸の土地を案内していただいた。

 最初が宇佐の城山であった。

宇佐の城山

 下は貴重な写真です。やはり山城もあったようです。

宇佐の城山

山城の跡

 ここから常世岐姫は山を3ヶ所を経て、都井岬に行かれたそうです。

鳥屋岳

 あちこちでピラミッドと言われる尖山。

尖山

 こちらは大山祇神のご縁のようです。

山の神神社

 最後が都井岬だそうです。

都井岬

 都井岬は野生馬が有名なようです。

野生馬

 早足で来ました。
奥右手に居られるのが常世岐姫です。

 巡幸には12柱の眷属が随行したとの事です。ここから12神(将)という事が決まったようです。
常世岐姫は、ひとつの土地に12年居たそうです。天照大神様は7年でした。

 常世岐姫は621年、こちらの世界に居たそうです。

    +(-_-;) 


 常世岐姫の巡幸

2008/12/20

 常世岐姫が最初に日本に来たのは、現在の茨城県守屋市であるという。
下総と言うのは常総(常陸+下総)である。下が地図である。

守屋市

 拡大すると下のようであった。

守屋市拡大

 ここにある松ヶ丘公園と言うところが岩舟の飛行場だったのだそうである。
やはり古墳に見える。

松ヶ丘公園

 下は松ヶ丘公園の航空写真である。
前方後円墳のイメージを描いてみた。

松ヶ丘公園航空写真

 桃色の縁が常世岐姫の岩舟が着陸したところだそうである。
ここから常世岐姫の巡幸は始まったのだそうである。

 ここから行った先が九州だそうである。
そして宇佐で姫神様として祭られたのだそうである。

 ここに八幡様の信仰が始まったわけである。
宇佐八幡宮の元社が上古から始まったというのは事実だった訳である。

 下総、宇佐は、ウサギの「ウサ」だったのだそうである。
見事な話である。私は常世岐姫から、聞いたままを書いている。

 二つに分けて結わく女性の髪形は、太古の昔から踏襲されているようである。→二本、日本
八幡様の起源の謎が解けて、とてもすっきりした。

 また少しずつお聞きしたいと思う。

    +(-_-;) 


 八幡田

2008/12/19

 昨日は、八幡様は最初は姫神様であり、最初は常世岐姫であると確認できた。
本人に確認したので疑う必要もないし、訪問者の皆さんも納得できたと思う。

 後から応神天皇、神功(じんぐう)皇后は合祀されたのだそうである。
そんなわけで、最初の勝願寺もある、謎の土地、鴻巣市の八幡田に行ってみようと思った。

 社主に尋ねたら、最初に八幡神社に行けとの事であった。
市内だが、生まれてこの方、箕田の八幡神社には行ったことがなかった。。

 仕事は一時置いておき、環境に優しい愛車は17号を一路進み、箕田に向かった。
東京から53キロ、家からは3キロくらいかと思う、八幡田の信号を左折すると、じきに神社である。

箕田の信号

 地図で見ると下のようである。ここは二本木と言うところである。
とても重要なのが解る。

八幡神社

 道から入っていくと、お世辞にも綺麗な神社とはいえない。

神社の境内に向かう

 由緒ある神社なのに氏子は何もしないのかと思う。
はっきり言って荒れている。

拝殿

 脇には大山阿夫利神社の石碑が塚の上にあった。
ここも古墳だったのは確実である。石碑の脇に居るのが大山積神である

大山積神

 拝殿の中を撮影させていただいた。八幡神社、阿夫利神社と書いてある。

八幡神社、阿夫利神社

 最初が常世岐姫神社のお狐の皆さんの露払いである。
誰にも、こんな写真は作る暇はない。稲荷狐の皆さんの見事な技である。

お狐の皆さんの露払い

 そして、御神座の右手に大山積神、常世岐姫がご降臨された。

大山積神、常世岐姫、眷属の皆さん

 眷属の皆さんは九体居られます。
ワニさんも居ます。ワニといっても白ワニです。ご覧のとおりです。

曹洞宗の永林字

 こちらは、はじめて通った道です。
鴻巣にも曹洞宗のお寺があるのを、はじめて知りました。

 お狐の皆さんが挨拶しています。

    +(-_-;) 


 大河あり

2008/12/18

 文明の発祥と大河は切り離せない。
先日、生出塚から帰ってきたら、大きなワニがやってきた。

 これは金毘羅様である。なぜワニなのかと思ったら、常世岐姫の眷属なのだそうである。
確かに、エジプトの宮殿では、神の使い(眷属)としてワニも飼っていたそうである。

ナイルワニ

 そんなことがあったと思ったら、昨日神棚の前でお祈り中に常世岐姫が降臨され、ご挨拶された。
こういう時は新しい展開がある。

 常世岐姫神社が行田市荒木にもあるのが判った。
荒木は利根川よりである。イドフと感じが似ているかもしれない。

武州荒木

 しかも、あるところは、八王子という集落だそうである。
元は八王子権現とか、八王子神社とも言ったようである。この謎は皆様しか解けない。

荒木常世岐姫神社

 ご縁のある神社が沢山ある。須加と言う利根川沿いの地名も昔から不思議だった。
この地上で、この巨大な謎を解けるのは皆様だけである。

 こちらが荒木の常世岐姫神社である。

常世岐姫神社

 眼の神社もあるのだそうである。

眼の神社

目の神社看板

 皆様には、すべての事が見えているはずである。
目は、もちろんアイである。「味鋤高彦根命(あじすきたこうひこのみこと)」はポンポン山の御祭神と一緒、フェルテイテイである。

 知らなかったが、八王子神社と言うところは常世岐姫を祭るところが多く、八尾も縁が深いようである。
常世岐姫にお尋ねしたら、八幡様の中の姫神様は元々は常世岐姫だったのだそうである。知らなかった。

 多くのウエブサイトでは、常世岐姫に関する多くの話が飛び交っている。
多くの歴史学者も工作員の仕掛けた罠に嵌り、一生を無明の中で過ごすのである。

 八王子はともかくスーダンのこと(須加)も事実だと確認できたのは嬉しかった。
それにしても、人の口には戸は立たないと言うのは事実だと思った。

 八幡様の秘密も大分解け、今日はすっきりした。
常世岐姫の巡幸の話は続きます。

    +(-_-;) 


 悲しみの世界

2008/12/17

 先日、ある霊(神)が来て言ったことは、この地で争いがあったと言うことだった。
その中心が生出塚であった。ここには、古墳の跡さえ、あったと言われたことがない。

 「おいね」とはインド人で、「塚」は墓のことである。
私はずっと、この意味を考えていた。かっては本当に生出塚(おいねづか)があったのだそうである。

 ここで、幸せに暮らしていた人たちは、侵略者に皆殺しにされてしまったのだそうである。
これは発表するべきかどうか考えたが、大事なのは皆さんの魂である。

 なぜ特定のものに血が騒ぐのか、よく理解していただくため書いた。悪魔には近づいてはいけない。
下は畦の石塚である。異常にコンクリートで埋めて、固めてある。祟り除けなのだそうである。

畦の石塚

 ここはヤマダ電機の正面辺りである。
巨大な神々が現れた。ここを見守っているのである。事実も知らせる時なのである。

ヤマダ電機

 こちらは宇宙の神々である。この写真は御神宝の一部である。
これを見られた皆さんは奇跡の人たちです。

宇宙の神々

 神々は、万一、あの石塚が無くなった時は、大きな祟りが起こるのだと言っている。
写真に見えるヤマダ電機ができたとき、社主は、私に行ってはいけないと言った。

 半年くらい、社主から許しが出なかった。
それは、この土地のためだったのである。

 先住者を殺して得た土地を、欲ボケの侵略者子孫が不動産屋に売り払って許されることはない。
同和問題の「かけら」も見える事実である。

 どうも、この近辺には、薄汚いのも多いと思った。
下の写真は神々、お狐の皆さん、土地の諸霊の皆さんです。土地は自分だけのものなどと思っていたら大間違いである。

お狐の皆さんと神々、諸霊の皆さん

 この日は、日本中の神々が来たそうです。
解らない事は、こちらの皆さんにお尋ねください。


    +(-_-;) 


 生出塚(おいねづか)

2008/12/16

 生出塚をグーグルで検索するとAの地点である。
地元では天神3丁目くらいの感覚である。私は上生出塚と言うのは知らなかった。

生出塚

 昨日は宇迦之御魂大神様が感応されていた。
私は社主のお社の前のスーパーの駐車場に、石碑があるのを思い出した。行って見た。

石碑

 相当に古いと思う。
大きなものは何か解らない。

石碑正面

 一番左は、何が書いてあるかわからないが、見ざる、聞かざる、言わざると解った。

見ざる、聞かざる、言わざる

 日光東照宮はじめ、埼玉古墳にも、ポンポン山にもあった。大きな発見であった。
後2箇所に石碑があるのを思い出した。石と赤で記入したところである。

交差点傍の石碑

 最初は交差点傍の石碑である。お賽銭とお水が上がっている。
そして、次は田んぼの畦である。立派な屋根がある。

石碑

 大きな仏様はインドの感じだが、元は常世岐姫である。

常世岐姫

頭のクラウンは、亀なのである。常世岐姫神社のお狐さんが来てくれたのはこのためである。

帰りに寄った太郎子山稲荷神社

 こちらは石碑から写した写真である。
スーパーの上は古墳の中心だったそうである。

スーパーの上の建御名方神様

 スーパーの上の大きな光は、常世岐姫の父神である建御名方神様である。
常世岐姫の石碑を祭った農家は、田んぼに大きな思いがあるはずである。元を知っているのだと思う。

 あの裏、周辺も、すごい現象が現れた。これはすべてが事実である。
すべてが神宝と言う様な写真が撮れた。

 どの程度公開するかは検討中です。
下はドラッグストアの前から見た社主のお社方面です。

社主のお社方面

 こちらの神様は地球には呼び名がないそうです。
続きは明日です。

    +(-_-;) 


 土地の因縁と事故

2008/12/15

 先日、埼玉から帰ってくるとき、ある工場の前を通った。
昔ここでは、事故があったと言う。

工場

 ここは自動車のシートを作っている会社である。
自動車のシート用の大きなプレス機械がある。

シート工場

 地形的にはやはり前方後円墳があったのである。
ある時、信じられない事故があり、学生アルバイトが機械の中で潰されたそうである。

 もちろん入ってはいけない機械である。
絶対安全なはずだったと言う。しかし事故は起こったと言う。

 プレスは落ちたまま上がらなくなったのだそうである。
人間が潰されて紙のようだったと言う。遺族は辛かったと思う。

 この機械はドイツ製の機械だったと言う。会社はテレックスでドイツの製造元に助けを求めたそうである。
重い話だが、少し、土地の因縁と言うのが感じられたかと思う。

 最近の機械は特にコンピューター制御なので信じられないことも起こる。
悪い霊は電気系統に悪戯するのである。

 社主もパソコンの悪いソフトなどを教えてくれる。
これは、ありがたいことである。。

 土地の因縁が作用するのは機械ばかりではない。
ある時は、長瀞で石に足を挟まれたものが居た。

 動くはずのない巨石が動き、足を挟んだのだそうである。
レスキュー隊がジャッキを持ってきても巨石は動かなかったそうである。

 霊域の違うものが来たとき、排除しようとする異質なエネルギーが働くのである。
これが注意すべきことである。基本的に、危険なところは近づかないことである。

 同じような神社でも霊域は様々である。
内部でも違う。

 いつも悪い霊は悪戯しようと潜んでいるのである。
下は本倉稲荷神社のお狐さんです。豊川稲荷出身のメスだそうです。

本倉稲荷神社のお狐さん

 とても忙しい、力ある、お狐さんです。上品なのを感じます
上に居るのは、畑に成った古墳に祭られていた霊の皆さんです。

 お狐さんは参拝者が来た御礼を言いに来てくれました。
うれしいです。

    +(-_-;) 


 鴻巣古墳群

2008/12/14

 元々は鴻巣にも勝願寺のものと同様に前方後円墳は沢山あったのだそうである。鴻巣古墳群参照
前方後円墳が開墾され、小さな円墳が造られたのだそうである。

 今の警察辺りにも沢山の円墳があった記録がある。
しかし、それ以前は大きな前方後円墳が曼荼羅のように九つあったのだそうである。下がイメージである。

前方後円墳イメージ

 17号国道ができる前は、ここは桑畑も沢山あった。
何より、沢山の霊が出てきて、語りかけてきた。神と言うような霊である。

 ・・礼儀を知らぬ馬鹿役人には祟ると言っている。当たり前である。
以前、ここの役人の家で不思議な火事があったようである。大騒ぎであった。

諸霊の降臨

 ここ東4丁目だけで22号古墳まで確認されている。
こちらは保健所の脇である。

保健所の脇

 こちらは法務局の脇である。
この霊は、自分の土地であると言っている。ここにあった給食センターは潰れてしまった。。

給食センター跡地

 こちらは埴輪の窯跡である。
沢山の遺跡が出てきた。今も沢山の霊が居る。ご苦労様である。

窯跡

 こちらは社主のお社に面した通りである。
社主も居る。

お社の前の道

 社主のお社の前にも、大きな古墳があったのだそうである。
社主のお社が、とても大事なところにあったのが再度認識された。

古墳の跡地

 一番上の大きな光は宇迦之御魂大神様で、周りには各お社の筆頭のお狐の皆さんである。
すごい光である。ここが大切だったのだそうである。

古墳跡地地図

 この道も、見事に丑寅を向いている。
ここに居た方は、あちこちの侵略者に追われ、インドに逃げたのだそうである。

 土地の神様も、ご苦労様でした。
いつの時代でも盗人クズは寄ってくるようである。

 皆さんもご注意ください。

    +(-_-;) 


 開墾された無数の古墳の諸霊たち

2008/12/13

 埼玉(さきたま)からの帰り道、沢山の霊が出てきた。
その理由は、開墾された畑が、古墳だったからである。道端に塚も沢山ある。

丑寅の方角を向いた道

 地図で見ても道が丑寅に向かっているのが判ると思う。
無数の前方後円墳があったのだそうである。それは鴻巣も同じである。

神々とお狐さん

 ここは空海の手形が発見されたと日記に書いた辺りである。月が明るい。雨など降っていない。
古墳はなくなっても、神々はちゃんと土地に居られる。耕地の上も無数の諸霊が集っている。

耕地の上の無数の諸霊

 ここには稲荷神社があったと言う。
沢山のお狐さんが来た。書ききれません。。

稲荷神社の跡

 三夜橋を過ぎ、鴻巣の中心に入った。右は鴻巣の運動公園である。
中央に見えるのは鴻巣の免許センターである。以前は農林省の試験場であった。

鴻巣の免許センター

 ここに遺跡があったのは運転免許センターにも掲示してある。
空海が来たくらいだから、相当大きな古墳だったのだと思う。そんなところが沢山ある。

 下は鴻巣が誇る体育館である。
ここにも大きな古墳があったのだそうである。エラム(現在のイラン)の方のものだったそうである。

体育館

 この辺は、小さな官舎も沢山あった。新屋敷と言った辺りだと思う。
17号辺りを宮地と言うのは、大きな古墳があったからだと思う。17号沿いに祠もある。

祠

 それが、役人たちの集合住宅(鴻巣住宅)や、警察のあるところの並びである。

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そこは現在、東と書いて「ひがし」と読むが、東は「とう」=10で天(ten)である。何度も解説した。

 明日は、その官舎の周辺をご案内する。
予想以上に、沢山の霊、神々が来てくださった。鴻巣が国府の巣とは本当だったと思う。

 続きは明日です。

    +(-_-;) 


 太古よりの復活

2008/12/12

 昨日は暖かかった。常世岐姫神社にお参りに行った。
先月は行けなかったので、掃除道具も持参した。それと、行きたい所もあった。

常世岐姫神社

 初参りが5月だったが、ここには昔から、お参りしている様な感じである。
今日も手水屋を掃除した。下は持参の道具である。

手水屋

 数分後、綺麗になりました。

綺麗になった手水屋

 行きたかった所は下である。ネフェルテイテイが来たと言う大切な古墳があったそうである。
もちろんエジプトの方だそうである。

古墳の跡

 ここの停留所は富士山である。

富士山

 おもて通りから見ると林である。

古墳の跡

 裏から見たら、川のそばで祠があった。

川

古墳跡の祠

 開墾され、辺りには柿木の畑があった。同じような所がいっぱいある。
今、立派な牛頭の方が出てまいられた。やはりルクソウルから来たのだそうである。エジプトで争いが起こったと言っている。

 攻めてきたのは、現在の英国、草冠だったそうである。
あの国がテロの的になっているのは、太古からの恨みなのだそうである。テロとの戦いに他国も巻き込もうとしている。

 ルクソウルの「ルクソ」とは「光、光明の祖先」であり、「ウル」とは牛である。
埼玉(さきたま)からの帰り道は、既に闇の中であった。月明かりの下、向こうに見えるのは民家の明かりである。

闇の中の帰り道

 ところが、少し行ったら沢山の霊が出てきた。
ここにも、古墳があったのだそうである。何しろ、埼玉(さきたま)には2百以上もの古墳があったのだそうである。

古墳の霊

 途中で太田姫稲荷神社のお狐さんまでやって来た。
ここから、闇に葬られた日本の歴史が見えてくるのである。

太田姫稲荷神社のお狐さん

 いつもながら立派な光である。すぐ解る。周りはエジプトから来た人の霊である。
徳川の葵の紋は、鴨信仰のカモアオイと言われ、徳川のルーツにも当然エジプトは大きく係っているのである。→「コン」

 これは昨日の話しと繋がっている。
この先の道中では、さらに沢山の太古の霊が出てきた。

 続きは明日です。

    +(-_-;) 


 上賀茂神社

2008/12/11

 賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)とは上賀茂神社(かみがもじんじゃ)の様である。
御祭神は賀茂別雷大神である。宇迦之御魂大神様の別名である。

賀茂神社

 下賀茂神社は住吉大社と同じ御祭神である。もちろんソコトラ島のご縁であるヤハヴェの神、田中大神様が筆頭である。
石切とは切っても切れない関係であるが、上賀茂神社には大きな原石がある。でこぼこだが1枚だそうである。

一枚の磐座

 ここで神事を行うのだそうである。
アウラマズダ、建御名方神様が居られる。ここも「も」の土地、エジプト、イドフの縁なのだそうである。

祠)

 ここはイドフの下流のルクソールから来た人たちだそうである。もちろんALの土地である。
ここにも「AL」、「にほん」を現す砂山がある。→ISNA、AL Uqur

砂山

 そして、貴船神社にあったと言う岩がある。
これは、神様が乗ってこられた岩舟である。天照大神様やネフェルテイテイも感応された。

石の船

 皆さんの頭には、すっかりと、正しい神代の歴史が構成されつつあると思う。
ちゃんと、神様が言うとおり、案内された通りに土地がある。

 今日は建御名方神様は白い和服で参られた。
神様の名前は、若い時と、その後でも違う方が居られる。土地によっても違う。

 少しづつ解説していければよいと思う。

    +(-_-;) 


 石切の剣

2008/12/10

 昨夜、神様に夢で石切りの剣を見せていただいた。
不思議な剣で2枚刃の様であった。感じは似ている。

石切の剣

 日記を書こうとしていたら、ご先祖様という方が参られた。
先日の下忍神社のお面と似ている方である。ニギハヤッヒなのだそうである。

石切神社の天狗の面

 ここは、長脛比古とも縁が深い。ニギハヤッヒと縁戚であるので当然である。
旧事本紀(くじほんぎ)』によると、饒速日(ニギハヤッヒ)命が天神の命をうけ天磐船に乗って、河内国河上哮ヶ峯(たけるがみね)に天より降りたのだそうである。

 その時、既にこの地に勢力を拡大していた一族の長である長髄彦(ながすねひこ)の妹登美夜毘売(三炊屋媛)と結婚し、可美真手命(うましまでのみこと)が生まれているとある。

 神武天皇に服従しなかった長髄彦を討ったため、神武天皇2年に天皇より神霊の剣を授けられたと伝わるそうである。
私が見た剣は、これだそうである。神様が3柱と女神様が複数居られた。

 その神武天皇の生まれたところに案内していただいた。
神武天皇がソマリアから来た事は既に述べた。生まれた地である。下である。

ジンバブエ

 ジンバブエのジンバブエ(Zimbabwe)が生まれた地なのだそうである。
ここにも巨大な遺跡があった。知らなかった。ウガヤ68代の時、地中海から来た侵略者に滅ぼされたのだそうである。

ジンバブエのジンバブエ(Zimbabwe)

 神武天皇はZimb 天皇だった訳である。納得したと思う。この遺跡が証ともいえる。
石切の剣は、ここで使っていたのだそうである。

遺跡

 そして、長脛彦の故郷はイドフであった。出雲で皇統だった長脛彦は藤原一派の陰謀に滅ぼされてしまったのである。
イドフの Nag-el と言うのは、アフラマズダ、建御名方神様の事なのだそうである。

 エジプトでもインドでも「ナガ」は称えられている。「ナガ」のつく苗字も多い。ナガは蛇ではない。騙されないでいただきたい。
長野の諏訪大社に建御名方神様が祭られた理由もお分かりになったかと思う。うその歴史書にだまされないでいただきたい。

 余談だが、私は、ことら総合研究所を始めてからも、魂の取得すべき単位が足りなくなる夢を見て恐ろしかった事があった。
丸7年を過ぎ、やっとノルマを最低限果たせたようである。神々、眷属の皆さん、ご先祖様に感謝である。

 下は、やはり地球の円盤である。
アフリカの秘密は巨大である。

地球の円盤

 皆さんも、魂の単位が無事取得できますよう、お祈り申し上げます。

    +(-_-;) 


 蟹工船

2008/12/09

 最近良く聞く言葉、蟹工船である。
何故、地球は、こんな酷い世界になってしまったのか?

 馬鹿な役人、政治家は金持ちさえ安泰なら良しとして、多くの国民を(さげす)んできたのである。
地球の混乱の始まりは何時だったのか、宇迦之御霊大神様にお尋ねした。

 それは、やはり上古の14代の時だったそうである。
光ある地球の歴史が闇に包まれたのである。

 おろかな地球の役人が権力を振るいだし、搾取をし出したのだそうである。そして、愚かな地球人は神々に見捨てられたのである。
権力による搾取は、何時の時代でもエスカレートする。歴史でも明らかである。消費税も同じである。

花畑

 豊臣は太閤検地などと言うおろかな事をした。
一度に、年貢を6割も増やされ、農民が生きていける訳はない。

 新田義貞も鎌倉幕府の役人の悪魔の徴収ノルマに怒り、役人を切り殺し三河に逃げる羽目になった。
それが、後に徳川となったわけである。

 平将門も、馬鹿な役人との年貢の揉め事から、大きな騒ぎに発展してしまった。やはり元は朝廷のノルマであった。
全ては、権力にいるものが悪い。欲をかき過ぎるのである。

 その極が天下りである。天下り役人に天罰が当たらないならおかしい。
小泉と言う容疑者は、あくまで30年以上前の、犬の敵で元事務次官宅を襲ったといっている。

 これだけを主張されては、裁判官も、被告人は頭がおかしいと判断せざるを得ない。
現実には、今の段階では、検察官が起訴状を作成するのも困難であると思う。

 人の恨みのエネルギーは、姿形を変えて、どこかに必ず現れるのである。
天に言われた、厚生省のものは全て地獄堕ちと言う言葉は、既に7年前である。

 この世で他人に殺されなくても、厚生省の人間は毒が溜まりすぎている。
私の勝手な判断ではない。現象は起きているのである。その人に出なければ子孫に出るのである。

 今も元厚生省の役人が見に来たが、姿は真っ黒で、悪魔そのもののようだった。
自分では気がつかなかったのである。気がつかないのは本人が悪い。心の病気を早期発見できなかったのである。

 人生とは、往々に、そのようなものである。質素な生活、欲をかかない事が大切である。
醜い役人どもには、いつも悪魔を感じる。現実にそのとおりである。

 エジプトから沢山の人が日本に来たのも、そんな理由もある。
既に禊は始まっている。

空に竜神様

 お決まりだが、この霊も、何故地獄に堕ちたか判らないと言う。多くの地獄霊が、自分が何をしたというのである。
そんな事は私のせいではないので、知った事ではない。現実は肉を食っても地獄に堕ちるのである。

 役人なら、人の命と、金、利権、何処に判断をおいたか、自分で考えれば直ぐ解るはずである。
・・学校では地獄など無いと教わっていたのだそうである。それも私のせいではない。

 学校の教員に騙された、「おまえが悪い」としか言えない。心に痛みはあったはずである。
・・騙した者も、そう教わっていたのでは、罪は何処にあるか?

 最初に、アダムを騙したのは、もちろん蛇である。
アダムが食べた知恵の実とは「嘘をつく事」だったのだそうである。役人、政治家の得意技である。それで蛇は神に舌を2枚に裂かれたのである。

 嘘吐きを2枚舌と言うのは、ここから始まったのである。

    +(-_-;) 


 因幡(いなば)発見

2008/12/08

 かねてより探していた因幡の地名をエジプトで発見した。
日本の因幡とは神話の里で、もちろん天照大神様の話もある。岩舟もある。

 日本の因幡は今の鳥取県の東部で、旧国名は因州と言ったそうである。
因幡の素兎(しろうさぎ)の話は有名である。

 ここで言う「おきのしま」は以前紹介した。
今回見つけたのはエジプトの因幡国の地名である。地図に名残があって、初めて信用されると思う。下である。

因幡

 オンボ(恩募)が近く、アブシンベルも近い。もちろんワニもいる。
神話の内容がマッチする。大国主神が主人公である。下が拡大である。

因幡拡大

 ご覧のとおり、エジプトの因幡は泥に埋まってしまったそうである。
その性か、グーグルアースでは、この地名が出ていない。これはマップである。

 今、すごい光でイエス様が御降臨された。
やっと、本当の歴史が見えてきたかもしれない。

 既に述べたように、「いな」は金星である。イエス様のお住まいの星である。
因幡とは、いなりの地とも言える所である。

 ナイルの恵みは、また、無数の遺跡も飲み込んだのである。
イエス様も、ここにしばらく居られたそうである。イエス様の言われた高い父とは、大国主神なのだそうである。

大国主神

 話はあっていると思う。日本神話は嘘ばかりだった。
私は、ここまで知るのに歴史研究を始めて7年掛かった。

 皆さんの前にも、大きな扉が開いたと思う。

    +(-_-;) 


 守屋山の巨石郡

2008/12/07

 物部守屋(もののべのもりや)は古代の豪族である。誰も知っていると思う。
物部尾輿(おこし)の子である。大連(おおむらじ)となり敏達(びだつ)天皇のころ,仏教が盛んになると蘇我馬子(うまこ)ら崇仏派と対立した。

 用明天皇の没後,守屋は穴穂部(あなほべ)皇子を即位させようとしたが失敗し,蘇我馬子のため攻め殺された。
以後物部氏は衰退したという。この時物部氏の残党が、ここに逃げてきたのだと言う。

守屋神社

 元々、守屋というのは一族の呼称であり、都に行ったものと、ここに残ったものが居たそうである。
逃げてきた者に、あまり居心地は良くなかったようである。

 物部氏と言えばニギハヤッヒの子孫とも言われ、もちろん天から降臨した一族である。
そして、石神神社、石切さんに繋がるのである。下は山頂の奥宮の石と祠である。

奥宮

 この石も金星から来たのだそうである。

祠と大岩

祠

 後ろの山もピラミッドとそっくりである。
下はご先祖様が居られたというところだそうである。鬼ヶ城と言うようである。

 先日夢で見た、巨大な岩船だそうである。凄い迫力であった。

鬼ヶ城

 ご先祖様が挨拶に来てくださった。
金星から来たのだそうである。ご苦労様である。下は隕石と言われているそうである。

隕石

 文字通り、岩舟とは地球人が隕石と呼ぶものである。
先日もすごい隕石が地球に着たが、まったく衝撃もなく見つからなかったようである。

 先日のテレビの、飛ぶ隕石の映像は凄かった。
それにしても、景色のいいところである。竜神様も気持ちよさそうである。

アルプス

 あちこちにある三島、三ヶ島、三峰など、古代の歴史の大きなキーワードである。
蘇我氏は物部氏との戦いで三度の敗走を繰り返し、四回目に奇跡的に流れ矢が守屋に当たり、勝利できたのだそうである。

 それで、聖徳太子は四天王寺を造った事になっている。
ところが、その聖徳太子は、現実には居なかったのである。

 全ての鬼を、悪魔のように語る現代の教育、風潮は、悪魔が、この世を仕切ってる証拠である。
大きな事実は、人の口伝にしかない。地球の御用役人の認める歴史は多くが嘘っぱちである。

 金の亡者の最期も近いと思う。

    +(-_-;) 


 ご先祖様来る

2008/12/06

 昨日、お昼を食べていたら、ご先祖様が参られた。
ご先祖様は、先日紹介した、中東の三島の内のひとつから来たのだそうである。

三島

 天の浮き船で守屋に降臨されたそうである。
守屋山の麓には守屋神社があった。

守屋神社

 ご先祖様によると、イスラエルのモリヤ族の先祖は、こちらなのだそうである。
いつか、イスラエルからも、モリヤのルーツを探してきた人たちがいた。

守屋神社

 この奥に元宮と言うところがある。

守屋神社拝殿

荒れた奥宮

 そして、皆さんにしか解らないご神体である。

石の船

 大事そうに奥に入っているのだが、無知な人間には価値は全く解らないのである。
「最初の神社」と言う日記でも、月船と言う石の船を紹介した。

 これを見て、私は自分が乗っていたものと同じだと解った。
川のそばを、私を乗せて走っていた板である。石の板であったと言う事である。

 そして、不思議な紋章があった。

不思議な紋章

 これはイドフを現しているのだそうである。
「も」はエジプトで、「り」は使いである。「や」は光を現すのだそうである。「もりや」である。

 ここにも、山の上に、どうやっても運べない巨石群があった。
続きは、また明日です。

    +(-_-;) 


 星回り

2008/12/05

 真言宗のお寺では星祭をするところが多い。
九星気学や四柱推命を勉強した方も多いと思う。それは正しいのか。

 社主に尋ねたら、九星気学はそれなりのものなのだと言う。

九星気学

 ところが四柱推命は新興宗教なのだそうである。
納得した方は多いと思う。私もおかしいと感じていた。馬鹿裁判官どもの判決文のようである。

四柱推命

 家や土地も回座してくる霊がいて、霊は以前住んでいた土地を自分のものと思っている。
特に、欲の強い悪霊はなおさらである。

 天照大神様、豊受大神様は土地は宇宙のものなのだと言われた。
おろかな欲に固まった蛇憑き役人の利権の道具ではないそうである。

 まことに、私と同じ考えである。
おろかな役人、悪魔が、契約などと言う天に歯向かう所業を考え出したのである。

 大和朝廷の時でさえ、土地の所有は否とされていたのである。
豪族同士の紛争の末、民は朝廷のものとなった。

 いつの間にか、本当の「り」と入れ替わった悪しき中国人子孫どもが、日本を滅茶苦茶にしたのである。
皆さんの多くも、本当の「り」を先祖とされている方が多いのである。

 舎人もそうである。
しかし、本当の「リ」の世界には金銭など腐ったものは存在しない。

 この悪魔の星で、何度活躍苦しても、「ご苦労様」の一言である。
そこには金銭がないので、金銭欲、地位名誉も存在しない。神々、仏から、この言葉を頂く事が無常の嬉しさなのである。

 腐った金など何兆円頂いても困るだけである。悪魔が憑いて来るからである。
今日を生きるための、健康な身体、おいしいご飯と暖かい寝床があれば、あとはおまけである。

 下は、一周間の星の動きである。
余計な欲はなくても、蛇どもは何時も皆さんを餌に狙っている。注意は常に必要である。

2008_12_05_03.jpg(78707 byte)

 蛇には、それしか能がないからである。無能な強欲、どこにも居ると思う。強引な馬鹿である。
役人が良く当てはまるのは、その通りである。

 天と地の仕組みが理解できれば、誰も悪しき役人などにならない。
今騒いでいる労働者派遣法も、出来た時、私は、この国が終わると解った。

 考え出したのは馬鹿な役人である。当時の総務大臣も天誅で落選した。事実である。
こんな時に総理大臣が酒場を夜回りでは、国が持つはずがない。

 与党政治家、役人は正念場である。
巨大なつけは、役人どもにある。→「コン」

    +(-_-;) 


 大嶽神社

2008/12/04

 一度は行きたいと思っている奥多摩だが、今年も行けそうにない。
電車に乗れば3時間くらいだと思う。

 社主に奥多摩の神社に案内してもらった。
大嶽神社と言うところである。

大嶽神社

 とても古い神社のようである。

大嶽神社

 御祭神は
大国主命(おおくにぬしのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)
日本武尊(やまとたけるのみこと)
広国押武金日天皇(ひろくにおしたけかなひのすめらみこと)
源家康朝臣(みなもとのいえやすあそん) である。

 その近くに神戸岩(かのといわ)と言うのがある。

神戸岩

 下が、その写真である。
見事な渓谷である。

神戸岩

 大国主命が現れ、これは木星のものだと言われた。大国主命は大変大きな方である。
こちらは谷底である。水が綺麗で気持ちが良い。

谷底

 こんなところを歩くと、日頃のストレスも綺麗に消えるかと思う。
・・大嶽神社の御祭神様とお狐さんが挨拶に来てくれた。

 大勢の神々が、ここは縁が深いそうである。
出来たら何時か行って見ようかと思う。

    +(-_-;) 


 身延山のルーツ

2008/12/03

 身延山と言えば日蓮宗の総本山である。
あまり見たくない方が多いと思う。霊が騒いでいて鬱陶しい。

 そのはじめは、紀元前なのだそうである。霊が来て案内してくれた。
インドではなく、やはりペルシャであった。

ペルシャ

 インドから来たという螺髪の方は、役人であったという。

minab

 今から2千年以上前、五代天皇、考昭天皇の時、ここから随行してきたのだそうである。

遺跡
 不思議な遺跡である。天然のものでないことは直ぐ解ると思う。
ここも上古の13代までは栄えていたのだそうである。

 「こう」のついた天皇が続いた時代は、日本は平和だったのかと思う。
九代の天皇の歴史が消されたのは、もちろん「イ」が侵略してきたからである。

 今はやはり水害で大変な様である。。

    +(-_-;) 


 生業の苦労

2008/12/02

 自動車産業で働いていた方は、既にかなりの方が契約を打ち切られているそうである。
厳しすぎる現実である。韓国では工場も止まったそうである。

菊の花

 契約が残っていても、雇用側は簡単に解雇したそうである。
自動車産業は契約社員を寮に住ませているところも多いので、あっという間に住むところも無くなった方が多いようである。

 住むところが無くなると、人権に影響が出る。
地方公共団体の加護が受けられなくなるのである。ホームレスでは就職も簡単ではない。

 景気が良い時でさえネットカフェ難民が多かった。
これまでの世界の、終わりが近づいたのを感じる。こちらは頂いた写真である。箱根方面だと思う。

山

 しかし、仕事がないと言って、悪いところに行くと、これまた大変である。
ある方は夢見が悪くなり、金縛りにあったりしているという。私は仕事を変わる様に言っていた方である。

 この方が、どうしようかと思っていたら、落ちたと思っていた職場から採用の通知が来たと言う。
神仏の加護だと思う。

ある家の猫に憑いた稲荷狐

 こちらの猫も悪霊で苦労したそうである。
今は、稲荷狐の皆さんの活躍で静かな日々をすごしているようである。

 下は、こちらの方に、古墳公園で撮影された円盤である。
古墳の上では、このような事がある。古墳を潰してゴルフ場やマンションを造り、障りがないのが不思議である。

円盤

 円盤は、古墳の下の胎臓界に帰っていくところである。アミの円盤も磐をすり抜けて胎臓界に行ったのである。
貴重な写真である。アミの円盤軍の司令官は地球人だというのを覚えていると思う。

 ただ、今の地上の人間とはまったく違う身体を持っているので間違えないでいただきたい。
寿命も、文字通り千歳(ちとせ)以上まで生きるのだそうである。

 空間と言うものも、この地上と違う。言葉では説明できない。
私も不思議な光の玉に乗った事がある。すると、どんなに遠いところも一瞬で到達できる。これは自分しか乗れない。

 化石燃料を燃して飛ぶロケットは、アミの世界の「おもちゃ」ほどにも成らないのである。
ただし、ある古墳には、反対の意味で見せられないものもあった。

 それは、宇宙大の損失危機を抱えた、地球の憂いの様な巨大な蛇である。
夢でも巨大な蛇がビルに巻きつくのを見ていたが、本当にカメラで写ったことがある。これは秘密である。

 神々と悪魔、蛇が顕著になる時代は、既に来たのである。
何を、どう思って生きるのも、皆様の自己責任である。

 悪魔が憑いた運転手の自動車事故なども注意していただきたい。先日のニュースの千葉の銀行員である。
後ろから、走る自動車に狙われてはたまったものではない。

みかん

 休みの日は家でみかんでも食べ、くつろぐのが良いと思う。
良い写真を送っていただき、ありがとうございました。

 竜神様もうれしそうです。

    +(-_-;) 


 師走

2008/12/01

 今日から、今年の師走になった。
シワスはトルコ北部,クズル・ウルマク川河岸にある都市である。トルコである土地を見つけた。

2008_12_06.jpg(42254 byte)

 サイド(SIDE)というところである。
道祖土(さいど)という苗字の方がいる。主に埼玉の方である。
道祖神(どうそじん)と言うのは地祇、猿田彦大神(佐田彦大神)様、ザラスシュトラである。

道祖土 width=

 サイドさんは比企(日来)郡川島町が本家であると思う。鴻巣にも自転車屋さんがある。たいてい読めないので、看板はカタカナで書いてある。
かってのご先祖様の古墳は開墾されてしまったそうである。どこも同じようである。

道祖土さんの分布

 下がサイドの場所と遺跡である。

サイド

サイドの遺跡

遺跡

破壊された遺跡

アナトリアへの縁

 ここもアナヒター、常世岐姫のものだそうである。
亀が大きな縁である。

亀

 社主が亀は良いものだといっている。
王様の頭のクラウンは元は亀なのだそうである。

 亀が頭を蛇から守ってくれるのだそうである。
トルコにも遺跡は沢山ある。

 ローマは結局、オスマントルコに滅ぼされた。
恨みは深かったのだと思う。

 アメリカが滅びるなら、やはりイラクの祟りが原因になると思う。
トルコには、まだ不思議なものが沢山ある。

 鶴と亀は日本の象徴であると思う。
後ろの正面がエジプトのイドフである。

    +(-_-;) 

 
 
 
 
ことら総合研究所
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