7月の日記

 今年も半分終わりです。

2008/06/30

 あっという間に、今年も半分終わりです。
来月から、掲示板のURLも変わります。

 長い間使っていた、有料サーバーですが、容量が限界で、ファイルを削除しながら使っていました。
それで、画像がなかったりしたところもあったと思います。

 自前のサーバーで難しいのは、CGIの設定でした。
おかげさまで、何とか動きました。

 画像掲示板は、おバカさんがとんでもない画像を上げる可能性があるので、社主のお許しが出ません。(^_^;
中国では、やはり娯楽も過熱しているようです。

 また、あの国は滅ぶのだと思います。
その前に、アメリカも大変な危機です。

 この経済危機を乗り切るためには、北朝鮮をテロ支援国家から外し、イランへの狙いをつけているのだそうです。
イラク戦争の祟りで、2度に亘る大水害を受けたことも、経済に大きな影響を与えています。

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 悪魔の国のオリンピック後が、今後の世界にどんな影響を与えるか。
今後の地球人類の行方を示すと思います。

 宇迦之御魂大神様が、あの国でオリンピックが開かれてしまうのは、地球人類にとって事故なのだと申しています。

 とても大きな意味があると思います。

 オリンピック以後も全てが事故になるのだそうです。
どんなことが起こるのか、皆様も注意して見守っていくと良いと思います。

 忘れている天災についても十分な注意が必要です。
皆様に、新しい月も幸せな日々でありますようお祈りしています。

    +(-_-;) 


 コダマ

2008/06/29

 コダマとは、山で「ヤッホー」とすると、ヤッホーと帰ってくるものである。
これは神事であったと言う。山に行く方は前世の癖である。

 そのコダマの故郷は下の写真である。
現在のイラン北部である。

イランの北部

 上に大明神様が居られる。
ここの皆さんが、神川町にやって来たのだそうである。

神川町

 大事な地点が金屋なのだそうである。
第3金屋まである。確か、浦和の岸町にも第6天神まであったと思う。。

金屋

 ペルシャは「鍛冶屋」の発祥の地なので、金屋は大事なのだそうである。
そこを西に行くと、金讃大師と言うところがある。

金讃大師

 下が入り口である。

金讃大師

 以前に、急に行きたくなって行ったことがある。
ここの御神体は、裏にある御嶽山だそうである。見事な丑寅のラインである。

御嶽山

 既に皆さんは、あちこちにある「おんたけさん」の意味も気がついたと思う。
「たけ」は治めると言う意味である。武田は元より、元祖は建御名方神(たけみなかたしん)様である。

 鏡岩もピラミッドの必需品と言われている。太陽石とも言われている。
ここに来たのは、上古が8代様の時だったそうである。

 ご苦労様でした。

    +(-_-;) 


 秩父の事

2008/06/28

 関東の人にはなじみが深い秩父多摩国立公園である。
昔から、吉田町や小鹿野町と言う地名は不思議だった。上級生の皆さんは解った方が多いと思う。

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 荒川(あらかわ)の「あら」はALである。
イタリアにAL Tamuraと言う土地があった。実はこの周辺にも「田村」が多い。

 全国的には、田村姓が多いのは、串本のある和歌山県である。
埼玉は北海道と同じくらいの比率である。

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 ところが地域で調査すると、以下の様である。

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 この一帯が、圧倒的に多いと思う。
児玉は現在本庄市であるが、小さな古墳が圧倒的に多いのである。

 稗田阿礼神様によると、大滝村とは、エラム(→ペルシャ→イラン)の人が入り、吉田町はエジプトの人、そして日野は日本の人なのだそうである。

 そして、三峰神社があるのだそうである。

 秩父の「秩」とはきれいに並べることで、「父」とは叔父(父の弟)、伯父(父の兄)に使う文字である。
父とは、同輩の一族中の男性につける接尾辞でもある。

 ALとは東、日を示し、アルは「弐(2、に)」なのだそうである。アラビアとは「日(アラー)」を讃えているのである。
昨日、夢で今上天皇が現れた。

 太古より、一部の人間にしか語られることのなかった日本の歴史である。
多くの土地は、味方とともに、敵も沢山入っている。

 それが多くの方の葛藤の原因でもある。

 児玉でも、多くの遺跡が闇に消されているのである。福島族と言うのが悪が多いようである。エラムの下級族だったそうである。

 児玉とは、はじめの「玉」と言う意味である。行田にも児玉氏は入り、若児玉と言う地名が残った。

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 諏訪山の左下には、高天原山もあった。日航の飛行機が落ちた御巣鷹山の南である。
あの飛行機を落としたのは「鷲」だと、社主が言っていた。。

    +(-_-;) 


 神田氏の分布

2008/06/27

 とても不思議なカンダハルのお話であった。
では神田氏はどこに多いか調べてみた。

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 意外なことに埼玉県であった。
しかし、比率で行くと、最多は新潟であった。

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 どこの市町村に多いかも調べたが、これは当研究所の秘密のデータである。
血には事実がある。

 苗字は、まさに地から出たものだと思う。
遠い時代のご先祖様たちは、集団で、日本に来たのだと思う。

 そして、村が出来たのである。

    +(-_-;) 


 少名毘古那神

2008/06/26

 昨日のキプロスの写真を拡大すると、下の様である。
キプロスは、1960年にイギリスから独立した共和国である。

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 ここに、宮殿があったそうである。
道はちゃんとある。ここは地中海の東の要衝(大事なところ)だったそうである。

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 北に山があり、立地的にも良かったと思う。
その少名毘古那神は神産巣日神(カミムスビノカミ)の御子神であると言う。

 私は以前、田中大神様(神産巣日神)が来た時、モーゼのように見えた。
全く日本人には見えなかった。

 そして、シナイ半島から来たと申されたのである。
モーゼの土地である。

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 先日紹介した、赤羽という地名も理解できたと思う。
田中大神様は、もちろんモーゼより古い方である。

 モーゼとは別の方なので、間違えないでいただきたい。
田中大神様とモーゼはよく似ているのは確かである。

 少名毘古那神が常世の国(イエメンのイブ)に帰ってしまってから、大国主を手伝ってくれたのは大物主であった。
この神は、やはり、本来の神に遣わされた役人だったそうである。

 役人は、神の遣いが本当だったのだが、今の役人は悪魔の手先ばかりである。悪魔の手先どもは、とっとと地獄に堕ちろ。

 その大物主は、現在のアフガン、カンダハルから来たそうである。太田姫稲荷神社のお祭りで出てきた天狗がそうなのだという。

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 今現在、事実は、この地上で、皆様以外は誰も知らない。
もちろん、太田姫稲荷神社のお狐さんが教えてくれたのである。

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 不思議なくぼみがある。→クボタ
赤い砂漠(赤天狗)と呼ばれるところである。胎臓界の入り口で、都市の跡だそうである。

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 キプロスとよく似た格好の山があった。

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 あの天狗が大物主だとは知らなかった。。
神田とカンダハルの不思議な縁が、少し見えたと思う。

    +(-_-;) 


 布田天神

2008/06/25

 少名毘古那神(スクナヒコナノカミ)と菅原道真公を祭る神社である。

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 茅の輪が準備されているようである。
菅原道真公が居られる。

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 菅原道真公の眷属たる牛さんである。
牛にお狐さんが乗っている。とても仲が良い。

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 こちらが、ご本殿である。

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 そして、こちらがお狐さんのお社である。
立派なお狐さんが居られる。

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 稗田阿礼神様に少名毘古那神の故郷にご案内していただいた。
キプロスであった。不思議なところである。

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 ○印の所である。
少名毘古那神は蛾の衣を着ていたので、とても小さかったというのは、誤りである。

 これはシルクだったのだそうである。誰が小さかったと言ったのかは知らない。
続きは、また明日掲載する。

    +(-_-;) 


 アレキサンダー大王

2008/06/24

 今風に言うと、アレクサンドロス[大王] ( 前356‐前323)である。
アレクサンドロスの治績は以下のようである。

 マケドニア王国国王(在位前336年―前323年)。フィリッポス2世の子。アレクサンドロス3世とも呼ばれる。
少年期にアリストテレスに師事。父の没後コリントス同盟下のギリシアの反乱を鎮圧。

 前334年ペルシア(ペルシア帝国)征討のため小アジアに渡る。
下が、ファールス州の破壊された都である。

ファールスの遺跡

 ファールス州のファルスというのは、「ホルス」の事であった。頭が鷲のような恰好の古代エジプトの主神である。
先日来た神様である。私の前世のエジプト時代の神である。→「コン」

 昨日の玉川神社の御神宝も鳥の姿である。

 ヨーロッパもアメリカも、鷲を紋章にしていることが多い。鷲とは鷹の大きなものである。
ハヤブサも鷹目である。四谷に隼町というのがある。何か見えたかと思う。

 アレクサンドロスは侵略、戦争好きだったのである。
グラニコス,イッソスで戦勝,ティルス,ガザを攻略,エジプトに入りアレクサンドリアを建設した。

 前331年ガウガメラの戦でペルシア軍に完勝,王都ペルセポリスに入りペルシア征討の目的を達する。
以後東征軍を再編成,パルティア,バクトリア,ソグディアナ,インド北西部パンジャブ地方にまで遠征。

 前324年スサに凱旋(がいせん)→スサノオ。東西人種融合策をとり,ペルシア人も文武官職に採用,
自らは東方的絶対君主として神格化を要求した。東方的絶対君主とは誰だったのか?

 アレクサンドリアと命名した多数の都市を建設して東西交通・経済の発展,文化融合に寄与。
ギリシア語を共通語とするなどヘレニズム文化の基礎を置く。

 アラビア周航の準備中に病没(暗殺)。遺将たち(ディアドコイ=欲の亡者)の争いのため帝国は分裂し,ヘレニズム諸王国が出現した。
のちにその生涯に空想や神秘をまぜた伝奇物語が各地で知られるようになった。

 アレクサンダーのせいでアケメネス朝ペルシャは終わったわけである。
日本では、神倭朝6代の「考安天皇(こうあんてんのう)」の時代であった。

 アレクサンダーは日本の天皇にあこがれていたようである。
それで、エジプト、ペルシャを攻めたのである。その後のターゲットは日本だったそうである。

 しかし、その計画以前に、エジプトの刺客に殺されたそうである。
エジプトも恨みは深かったと思う。

    +(-_-;) 


 玉川神社

2008/06/23

 羽村にある由緒正しい、建御名方神様を御祭神とする神社である。
ちゃんと、建御名方神様が巡幸されているそうである。下が地図である。

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 建御名方神様によると、この銅鏡は、諏訪から持ってきたものだそうである。
諏訪にあった時は、孔はなかったそうである。使い方を知らなかったようである。

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 こちらは薙鎌(なぎがま)と呼ばれるものだそうである。
特殊な金属のような気がする。建御名方神様によると、これはペルシャで造られたのだそうである。

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 それが下の土地である。

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 「鍛冶」がペルシャの言葉とは知らなかった。
丸鍛冶とは屋号にもなりそうである。目の前の事実である。

 薙鎌も玉川神社のご神宝だそうである。
大事にしていただきたいと思う。

    +(-_-;) 


 秋葉原の祟り

2008/06/22

 祟りとは、通常考えられないようなことが起こる。
秋葉原の事件のニュースを見ていたら、祟りが原因だと言われた。

航空写真

 これはまだ三菱銀行がある時の写真である。
私は、あそこで大規模なビルの建設をしているのが原因かと思った。

 ご存じ、秋葉原は半島系、それも百済系の電器屋が多い。
石や牛の縁である。百済は中国、新羅に滅ぼされてしまった。

秋葉原

 そんな街に、中国人のDNAが来ると騒ぎが起こらないほうがおかしい。
私は、よく相談者にも、土地が悪いときは引っ越せと言っている。

 秋葉原には、そんな店が文字通り殴りこんできたのである。
前に、さいたま市でも放火され、店員が死んだ店がある。いろいろな騒ぎが起こる店である。

 もちろん店名を出すわけにはいかない。
多くの方は知っている店だと思う。

デイスカウントショップ

 この店のDNAが、あの異常な事件の原因だったそうである。
前は確か他の電機の店で、何も起こらなかったと思う。

 「かとー」が切り込み隊長だったのは、文字通りDNAの祟りである。前世も同じ事をやっていることが多い。
死刑になった宮崎だってそうである。前世は平気で子供を殺し食っていたはずである。それで、生まれ変わってもやってしまったのである。

 何度も言うが、いまだに中国人は子供を殺して食っているのである。
悪魔の国なのである。悪魔とは「亜熊」である。熊は中国を表している。中国の闇である。

 中国の役人はみな賄賂漬けで、金持ちは絶対捕まらないのである。
警察が闇金を手入れしなかったのも、警察庁のトップと金貸しのトップが仲のよかったのでも分かる。

 昔は日本の検事総長も、やくざの親分のパーテイに出席していた。
今、日本を毒しているのが、悪魔の中国人子孫のDNAである。

 ある神は、これが日本の不幸だと言った。
役人=中国人子孫と、ある神様に教えてもらったのが、一つの開眼だったと思う。

 そのおかげで、日本のおかしなことが、みな理解できてきたからである。
訪問者の皆さんは、悪しき中国人子孫に絶対騙されないように日々を過ごしていただきたいと思う。

    +(-_-;) 


 初雁

2008/06/21

 初雁とは季語で、秋に初めてやってくる雁だそうである。
もちろん、鳥である。当研究所で言う鳥とは「渡来人」の事である。

 初雁と言えば、関東では川越である。

初雁→コンコン、三芳野稲荷神社のお狐さん

 川越城の跡である。1546年、河越夜戦で主君戦死し、扇谷(おうぎがやつ)上杉家は滅亡した。かっては川越は河越と表記した。
扇谷上杉家は太田道灌が仕えていた家である。道灌を謀殺した祟りだったのだと思う。

 歴史ある初雁の地である。
もちろん、中東にもHakkariがある。トルコカイラクかだったと思う。

Hakkari

 また行こうと思っても、見つからないところも多い。
近くには、坂戸(←サカラ)もあった。

サカラ

 もう一つは、確かイラクのカバラというところの近くだったと思う。ALの土地である。日本名はアルカイダだと思う。
悪しき者がテロ組織とすり替えているそうである。

アルカイダ
 こちらはアフラマズダ、日本名は建御名方伸様の御縁の宮殿跡である。

どこかの宮殿跡

 地名に理由をつけるのは、とても大変である。人の口に戸は立たないという。権力者も地名は捏造し切れなかったのである。
それにしても、巨大な宮殿跡である。

宮殿跡

 かっては、大変な賑わいの土地だったのだと思う。

全景

 哀愁を感じて、後ろ髪を引かれるような思いである。
地球の文明は、こんな滅亡の繰り返しである。ここはエジプトが攻めてきたそうである。

 どこの国にもテロ政権(黒手集団)はできてしまうようである。アルカイダは土地の自衛団だったようである。
今アメリカは、イラクの祟りの中である。洪水がひどい。

 私も、悪魔の手先、ふざけた役人ども(悪しき中国人の子孫)は絶対許さない。

    +(-_-;) 


 八王

2008/06/20

 八王というのは、あちこちに名前があるようである。
事代主もよく解らなかった。人ではないとは思っていた。

 今日も稗田阿礼神様に、現地に案内していただいた。
行ったのは、イエメンであった。イブの地の下であった。



 全く知らないところであった。いつもの事である。 最初に目についたのが、8人の王、八王(イエーワン→Yemen)である。八女にも繋がっているそうである。

八王

 下の穴は、胎臓界(←Taizz)の入り口を示している。
地球のあちこちに行ける。

 そして、ここにも高天原があった。
ここが事代主なのだそうである。

事代主

 何時かの月読のように、建物であった。ここも岩船の上である。

事代主2

 世界遺産になりそうな宮殿である。

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他にも、天空都市というようなところがあった。

イエメンの天空都市

 イエメンには不思議がいっぱいあった。
それにしても、情報は制御されているのを感じると思う。

    +(-_-;) 


 あちこちの「にほん」

2008/06/19

 千代に八千代にと歌われたのはどこか?
千はsemである。近い所に、Hudarというのがあった。

Hudar

 東京調布にも布田というところがある。たいてい、よその国にも同じような地名がある。
もちろん偶然ではない。ここにあった都市も、泥に沈んでしまったそうである。

畑

 今は畑だそうである。
もちろん古代に都市があったなど、誰も知らない。上から見ると泥に埋まったのがわかると思う。

航空写真

 そこから東に飛ぶと、旧ソ連だったウズベキスタンと言う国がある。
ここはサマルカンドというチムール帝国の都である。中央アジア最古の都市だそうである。

サマルカンド

 あちこちに、見事な弐本がある。
調神社の入り口と同じである。神々の入り口である。

弐本

 きれいな外壁である。西陣織のようである。

きれいな外壁

 それにしても、日本では大きな木造建築が流行った。
これは地表面の質量の問題だったそうである。これは人知は及ばないことである。

全景

 空にいるのは鳳凰である。
人間の法王より偉いと思う。諸天善神である。

    +(-_-;) 


 紫陽花が咲きました

2008/06/18

 社主のお社の入り口に、今年も紫陽花の花が咲きました。
鳥居の中に写っているのは、八幡様の中の姫神様(左)と建皆方神様(奥)です。

太郎子山稲荷神社

 鳥居の上、通路にはお狐の皆さんが居ります。
姫神様は観音様に見えました。事実、八幡大菩薩と呼ばれています。

拡大写真
 八幡大菩薩というときは、この姫神様なのです。
光の玉からも、感じは解ると思います。

 こちらは、お社の前です。

姫神様

 優しい光です。
白い花の上で、まさに天国におられるようです。

 優しい日々が、とても嬉しいです。→「コン」

    +(-_-;) 


 木星の神々

2008/06/17

 木星は太陽系最大の惑星である。
そして霊界も太陽系最大である。

 多くの神々、諸如来、諸菩薩が居られる。
私は、神々に何時まで地球を野放しにされるつもりか尋ねた。

木星

 神々は、既に時は来ていると言われた。
愚かな自己顕示欲にとり憑かれた宇宙最低級の人類が地球人である。

 こんな話を2001年から、ことら総合研究所には掲載している。
地球には霊界すらないのを知らない人も多い。

 地球人は、反省の星と、この地上を行ったり来たりの者が多く、更生は見込めない。
既に、地球人は、宇宙的には、滅ぼすしか手が打ちようが無い存在なのである。

 アメリカは、自称「月に行った」と言う。
ところが、神々は、人を殺し肉を食う地球人類には、それは許されない事なのだという。解るはずである。

 宇宙から見た地球人はエイズウイルス以下である。
もし、本当に地球人類が月に行っていたら、この地上は消毒されていたのである。

 月の上での映像というのは、やはりアメリカの砂漠だったそうである。
これも権威の捏造だったそうである。国家の見栄である。

 見栄と言えば、やはりとんでもないのが中国である。
神代にも日本に攻めて来たのは知っていると思う。

 何処から攻めてきたのか、大山祇(おおやまづみ)神にお尋ねした。
下が、その拠点だったそうである。

災難と後悔

 判断(Handan)誤り、災難と後悔である。まさに中国人にはぴったりである。
これは、朝鮮半島の領有権を巡ってのものだったそうである。何千年経っても同じ様な事をしている。。

 大山祇(おおやまづみ)神は戦乱の疲労で、四国で病のため亡くなったそうである。
そこが山戸神社だったそうである。→「コン」

 ・・お狐さんが来て、お参りに来てくれた方がいると言っている。
お参りしてくださった方には感謝申し上げます。これからは良いところだと思います。

 既に述べたように、中国には神はいない。
なぜなら、呪われた国だからである。

 中国との戦いは長い間続き、瓊瓊杵尊まで戦いに参加されたそうである。
愚かな中国人が、天皇に娯楽を求めたため、天皇は苦しまれ、上古は終わってしまったのだそうである。

 娯楽の「ご」は「誤」だったのである。文字通り災難と後悔に繋がったわけである。
ちゃんと地図にあるのだから事実である。

 神々は、近いうちに、再び天誅が中国を襲うと言われている。
これは中国政府と腐った役人たちのせいである。中国の一般人民のせいではない。

 弱いものに付けを回すのが、悪魔の得意技である。。

    +(-_-;) 


 葦原の国とは

2008/06/16

 広辞苑によると、葦原の国とは、日本国の称であるとされている。
ところが稗田阿礼神様にお尋ねしたらそうではないと言う。豊葦原中津国はバビロンであった。

 それでは葦原の国は何処か?
ご案内していただいた。

バラナシ

 ここは、インドのバラナシというところである。
ガンジス川の近くである。このオブジェも丑寅、金星を向いている。

 バラモンの葦と言う感じなのだと思う。葦は「いね」の仲間である。
お城のようなものもある。歴史を感じる。

バラナシ

 こちらにもあった。インドは米の来た国である。
それで、日本中に「稲(いね」のつく地名がある。

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 こちらは紀元前550年のものだそうである。
神武天皇の即位した頃である。

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 ここは拝火教の神殿であったようである。猿田彦大神(佐田彦大神)様、ザラスシュトラが創めたものである。
祀られているのは、もちろんオーラマツダ、今風に言うとアフラマズダ、諏訪大社の御祭神の建御名方神様である。

 今日も良い旅だったと思う。

    +(-_-;) 


 綾部さん

2008/06/15

 綾とは絹布の事である。先日ご紹介した、稗田阿礼神様がお召しに成られている衣類などがそうである。
この絹布を織った皆さんを「綾部」と言うようである。

 その先祖は、九鬼と言いフリーメーソンである。
綾部さんは神奈川に多い。

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 それも秦野に多い。エジプトの関係である。

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 この綾部氏が九鬼家と関係があるのは、前にご紹介した串本である。
あの奇岩を工事しに、エジプトから来た人たちの末裔が、和歌山(紀州)に住んだのである。貴志川もあった。

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 悪しき者達が工事を邪魔したため、エジプトから来た皆さんは和歌山に住んだのだそうである。
その後、九鬼の皆さんは、秦氏の縁を辿り秦野に来たのだそうである。

 勿論、役の行者等も末裔である。
修験者の頭の被り物は、本来は角を隠すためのものである。

 八幡様(応神天皇)が、白笹稲荷神社にご降臨されたのも、フリーメーソンの証である。
とても大きな秘密で、これは古事記の中の巻になる。

 串本にも、かって朝廷があったのである。
太古の秘密である。

    +(-_-;) 


 インド

2008/06/14

 グーグルアースでインドを見ていたら、ニューデリーに案内された。
いろいろなものがあった。社主がこれが良いと言った。

フーマユーン廟

 イスラムの建物である。
イスラム教もマホメットの思っていたものとは違う方向に行ってしまったそうである。

 それは勿論金の亡者が来たからなのだそうである。
マホメット自身も、危ない目に遭い教義を妥協せざるを得なかったそうである。

 その根は、もちろんアブラハムにあったのである。
アブラハムが悪魔に騙されてしまったので、この世は戦争の尽きない世界になってしまったのである。

 宗教に利権が絡んでしまった事が最大の誤りである。
インドでも自称バラモンの出身者が半数ほどになってしまったのだそうである。。

 誰が考えてもそんなにいるわけが無いと思う。
イエス様の教義もローマに利用されてしまったが、それも、イエス様が日本に来てからである。

 都合の良いところをミトラ教と結びつけたのである。イエス様は地球での誕生日はなかったのである。
ミトラ教のお祭りが12月25日だったので、それにクリスマスを引っ掛けたそうである。

 ミトラ神とは既に述べたように、宇迦之御魂大神様である。
そして、アフラマズダ神とは建御名方神様である。下は石の彫像である。

ミトラ神とアフラマズダ神

 ミトラ神とアフラマズダ神、お二人の神が、人間の王に冠を渡しているところだそうである。
今も机の下の足に、小蛇が噛付いてきた。いつも鬱陶しい。

 悪霊どもは、こんな写真さえ見せたくないのだそうである。
馬鹿につける薬はない。

 ある霊能者の弟子は、来た人が何を食べたか当てるそうである。一時間で数万円の見料らしい。
この業は狸のものである。修験者でもいるそうである。

 勿論、稲荷狐には技の内にも入らないものである。
しかし、来た人は驚くのだそうである。

 こんな話も30年も前からある。親方も狸の弟子だからである。
詐欺師の弟子はやはり詐欺師と言うのに同じである。

 赤坂豊川稲荷の写真にも見事に狸が写っていたが、狸は稲荷狐にお願いには来るが、礼が無いという。
狸は何処まで行っても狸で、ステーキも、魚も止められないのだそうである。

 狸は仕込めないのである。
毒麦同様、人も良く分けましょう。

    +(-_-;) 


 ナルメル王

2008/06/13

 先日、私のところに参られた、頭に鷲を乗せたように思った方の写真があった。
それがこれである。

ナルメル王

 これはナルメルの石板の一部である。
下が全体像である。

ナルメルの石板

 時代的にも5千年前のものと言われ、状況はあっている。
この偉大な王がなくなり、エジプトの役人はミイラを造ったのだそうである。

 ウガヤの29代の頃だそうである。
埼玉古墳はウガヤ31代の頃から現在のものが造られたと聞いている。

 この王も、勿論金星から来た牛頭天王である。
女性の髪形も、個人的には、これも良いと思う。手間が掛かるとは思う。

 皇居にお勤めの方は、この髪型の人がいるそうである。
偉大な歴史を伝える人は僅かである。昨日の「笠」も理解できたと思う。あの頭である。

 偉大なエジプトの地には、テロ集団も多かった。
私は日本に生まれてからも襲われた。悪霊は解るのである。皆さんも苦労したと思う。

 先日の秋葉の事件も○藤が良い人を殺したのである。「藤」には何度も酷い目にあった。「藤」は前世は「黒手組」が多いのである。

 私も、薬師寺展の最終日なので、出かけようかと思っていたのである。
社主のお言葉により、中止したのである。そんな人も多かったはずである。

 稗田阿礼神様は、写真の右から2人目をイメージしていただきたい。
金色のシルクの服をお召しに成っておられる。

エジプト

 日本の歴史の真実を滅ぼそうとした、黒手組の悪霊は、未だに毎日のようにやってくる。
勿論、皆返り討ちにしている。許せない者たちである。

 日本の真の神々は、その悪霊の手先の役人どもにも、必ず思い知らせてくれるそうである。
真の飼い主に噛付いた、愚かな犬どもは、必ず思い知らされる。

 それが因果応報、宇宙の法則である。
気がついたら、悔い改めましょう。

    +(-_-;) 


 ルクソール宮殿

2008/06/12

 稗田阿礼神様に「笠」とは何処の事かお尋ねした。
案内されたのはエジプトであった。

 ここは世界遺産があるところである。

世界遺産

 ここの右側がテーベのあったところで、私の前世の地は川の曲がった先辺りであった。
今は完全に埋もれている。6千年以上の昔である。この辺りが「笠」なのだそうである。


 かっては、この下にあったのだそうである。
今は解らない。

笠の地

 下は、笠の名残だそうである。笠はCASAで「宮」なのだそうである。

ガザ

 そして宮殿と言えば、ルクソール宮殿がある。
これも見事に丑寅、金星の方角を向いている。大阪のものとは違う。

ルクソール宮殿

 ここを守っているスフインクスの集団があった。

スフインクス

 これは猫か、ライオンかと思い、社主に尋ねた。
社主が言うには、これは金星の動物なのだそうである。知らなかった。。

ルクソール宮殿

 それにしても、こんなものは今では出来ない。
丑寅の金神とは、勿論、牛頭天王である。

 私に7年前「ことら」の名前を下さったのは、宇迦之御魂大神様だそうである。
当時は、「ことら」の意味が、訳が、よく解らなかった。

 7年は短くなかったと思う。
埼玉古墳の前方後円墳も金星の牛頭天王を待っていたのである。

 しかし、金星からの使者は、二度と来なかったのである。
この意味は、私しか知らない。誰にも語ることは無い。

 今日も皆様の心に、大きな光が走ったと思う。

    +(-_-;) 


 出雲の高天原

2008/06/11

 天照大神様によると、出雲にも高天原があったそうである。
それが日御碕だったそうである。

日御碕

こちらの岩は木星のものだそうである。
なんとなく感じが解るかと思う。木星から来た岩は何処にでもある。岩は地中から湧き出すものではない。

岩

 こちらは、日御碕神社の鳥居である。
大社町は昔行った事があるが、当時は何も知らなかった。

日御碕神社の鳥居

 こちらが神社である。
スサノオと天照大神様を祭っているそうである。

日御碕神社

 誰かいると思ったら、建御名方神様であった。
ちゃんと出雲にも来ているのだそうである。

 嘘の話で名誉を傷つけられた建御名方神様は苦労されたと思う。
鹿島神宮にも、ここ出雲にも、ちゃんと居られるのである。

 昨日休もうと思っていたら、身体が熱くなり、頭に鷲を載せたような姿の神様が参られた。鷲の頭がワシントンと言う名称にもなっている。
空には、綺麗な薄緑色の円盤が飛んでいた。いつも見ている。

 この方は大日如来で、私のサイトのトップには巨大な光の玉で映っている。
頭の鷲のように見えたのは、これもトナカイの角のようなものなのだそうである。

 これを羽と見たものもいるそうである。天女の頭も想像して頂きたい。
官女の頭の、大きなハートのような髪型も、これを模したのだそうである。

 いつも飛んでくる綺麗な円盤も、人間の目には隕石としか見えないのだそうである。
円盤は姿を消す事も出来るが、レベルの低い地球人には岩としか見せないのだそうである。

 馬鹿な地球人は、その岩もダイナマイトで爆破している。
自分が何をしているかもわからないので馬鹿と言うのである。

 何処の馬鹿が、地中の化石燃料を燃して、宇宙に行けるなどと思ったのか?
地球人は、あまりに恐ろしい馬鹿の軍団である。→「コン」

 金星、木星の人は長い間地球人を指導しているのである。
各国上層部は知っている者もいるが学者は知らないようである。

 地球人は、宇宙に害をもたらす可能性があり、殺菌される寸前のウイルスの様なものである。→「コン」
これが真実である。また天災は起る。

    +(-_-;) 


 建設者

2008/06/10

 先日紹介したイエメンのサナアの町は、建設したのはノアの子セムだそうである
ノアはアダムから10代目の子孫なのだと言う。

 そしてアダムがいたところは、稗田阿礼神様にイエメンだと教えていただいた。
イブだけが、日本に来たのだそうである。

 子はアダムが引き取り、その後、子孫のセムはイエメンにサナア(→真名)の街を建国したのだそうである。
真田もその子孫の名残なのだそうである。

サナア

 日本中の寒(サム}はここから来ているものが多いようである。
ここは標高が2300メーターなのだそうである。

 こちらがエデンと言われるイエメンのAdanである。

Adan

 アダムはやはり金星から来たそうである。アダムが来たのでAdan(アデン)なのだそうである。
そして、イブはX星から来たのだそうである。降りたのが、この山である。

エデンの山

 神は山に降りるのである。
「たかみむすび」が感じられたかと思う。

    +(-_-;) 


 高瀬神社

2008/06/09

 訪問者様に高瀬神社の写真を頂いた。
富山県は越の国である。大きな石が多いのだそうである。

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 敬神と書いてある額のところの神様はインドの龍神様である。

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 こちらの見事な鳥居の稲荷社は、伏見稲荷で、社主の先輩のお狐さんが居られる。
赤いマフラーをしたメスのお狐さんである。やはりメスのお狐さんは多い。。

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 こちらの石はポンポン山と同じく金星のものである。
御祭神様も大国主命なので、何も言う事は無いと思う。偶然は無い。

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 ポンポン山の御神体の石にそっくりである。
ここも遺跡だったのだそうである。

    +(-_-;) 


 小針

2008/06/08

 小針とはあちこちにある地名である。
この辺では行田と伊奈にある。どちらもフリーメーソンのいた土地で、フランスの「パリ」と同じなのだそうである。

 パリとは、フリーメーソンの言葉なのだそうである。「舎人(とねり)」もだそうである。
フランス地方の方の古墳は、残念ながら消えてしまったそうである。

行田の小針

 かっては、小針沼と言う大きな沼があった。今は古代蓮公園と浄水場である。
下須戸の「須戸」もインドの地名である。

 知らなかったが、諏訪神社、神仙寺、日枝神社まであった。
皆が古墳の跡である。神社やお寺を造らなかったら、開墾されてしまったと思う。

 大化の時代にイの者たちが来たのだそうである。ローマの巨大な力が歴史を破壊したのだそうである。
諏訪神社はペルシャ、神仙寺、日枝神社はエジプト、日本、そして、須戸はインドの関係である。

 低レベルな者たちは、なんでも煙に巻けると思っているので困る。
それにしても、煙を祓うのに、大変な時間が掛かった。

 太古の事が理解できたのは、訪問して来てくださった神々のおかげである。

    +(-_-;) 


 建御名方神(たけみなかたしん)

2008/06/07

 昔から知ってはいたのだが、松田町は、「オーラマツダ」の縁である。
今は、アフラマズダ等と言っている。神奈川の松田町もその縁である。

松田町

 最明寺と言うところには、ちゃんと遺跡もあるそうである。
建御名方神様は、ペルシャではアフラマズダと呼ばれているのだそうである。

 ミトラ神は宇迦之御魂大神様で、ザラスシュトラは猿田彦大神、佐田彦大神様である。
やっと頭の中がまとまってきた。

 建御名方神様にペルシャを案内していただいた。
マシュハドというところに案内していただいた。よい所である。

マシュハド

 降りていくといろいろなものがあった。

礼拝所

 ここは聖地かと思う。日本では知られていない。

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 まるで、調神社にご降臨された大明神様のようなものがあった。

二本の柱に大明神様

 すばらしく幻想的である。

夜景

 それにしても、ペルシャの事はあまりに知らされなかったように思う。
建御名方神様の諏訪大社には、何時かお参りに行きたいと思う。

    +(-_-;) 


 噂の神光寺

2008/06/06

 2日の日記でご紹介した、出雲の神光寺の写真が、訪問者様から送られてきた。
お寺とは思えない見事な「にほん」の柱が立っていた。

神光寺

 ここにいるのはペルシャの方である。
錫杖を持っておられる。建御名方神様の縁でササン朝の時代に参られたのだそうである。

 出雲が大和(中国人勢力)に攻められる前だそうである。
ペルシャも中国は嫌いだと言っている。当然である。中国を好きな国など無い。

 その理由が、殷の時代に人食いカルト族が入植したからである。
他国の人を誘拐して来ては、首を切り、脳みそをすすったと言う恐ろしき魔人たちである。

 人がおおっぴらに食えなくなると、サルの脳みそを替わりにしていた。中国最高の料理だったと言う。
生きたサルの頭を切り抜くのだそうである。そして、今でも中国人は人食いである。

 下層の中国人は知らないものも多いのだと思う。
誘拐された子供が食われているなど誰も信じたくは無いと思う。

 出雲では、祭りに鹿の首を捧げるのだそうである。
勿論、憎き藤原氏の氏神の春日大社の眷属だからである。

 鹿角の人(木星人の子孫)はドイツからイギリスにストーンヘンジを造りに行って殺され食われてしまった。
そして、その後、ズルイドがそれを真似たのである。

 もちろん、医食同源を主張しても、無能な者たちである。
嘘の戒律を作って守り、修行しても、神通力など与えられるはずはなかった。

 そのズルイドが、中国を経て日本に来たのである。
これが、ウガヤの始まりである。「かしわ」を日本でもやったのである。

 「かしわ」とはズルイドの祭りである。樫の木の森で手を繋ぎお祈りをしたのである。
かっての、まことの神官を真似したのであるが、神が感応するはずもなかった。

 その後、畝傍橿原宮で即位したと言う天皇もいた。
藤原氏が鹿を眷族にしたのは、まことの神人への憧れである。

 そして、戦国時代の兜もそうである。
庶民には語られなかった事実である。

 このお寺は山号が不老山なのだと言う。

不老山

 神様もご苦労だったと思う。

白蓮

 遠い日の真実が、少し見えたと思う。

    +(-_-;) 


 浅間神社(せんげんじんじゃ)

2008/06/05

 浅間神社と浅間山の関係は、まだ良く理解できない。真田(さなだ)の傍に在るので縁は解ると思う。
「あさま」と読んだのは、やはり中国人工作員だそうである。

浅間山
 木花開耶(このはなのさくや)姫をまつった神社で,神体は富士山とされる。
浅間信仰に基づき東海道・東山道周辺に1000を超える神社がある。

(1)山梨県東八代郡一宮町に鎮座。旧国幣中社。清和天皇の時,現地に遷祭されたと伝える。
  延喜式内の名神大社とされ,甲斐国の一宮。武田氏の尊崇が厚かった。例祭は4月15日。
(2)静岡県静岡市宮ヶ崎町に鎮座。富士新宮とも。旧国幣小社。神部神社,大歳御祖神社と三社で同一の境内にある。
  例祭は4月5日。
(3)正称は富士山本宮浅間大社。静岡県富士宮市大宮に鎮座。旧官幣大社。
  垂仁天皇の時,富士山の神霊をまつったのが始まりと伝える。延喜式内の名神大社とされ,駿河国の一宮。
  
   浅間信仰の中心で全国の浅間神社の総本社である。   社殿は富士山を神体としているので,拝殿と幣殿(ぬさでん)だけで,本殿はない。富士山頂の富士宮口からの終点に奥殿がある。社殿は浅間造の典型。

 浅間造りと言うのは知らなかった。あまり興味もなかった。
木花開耶(このはなのさくや)姫が最後に富士山の火口に飛び込んだというのは自殺ではない。

 姫は胎蔵界を通り、セムナンに帰ったのだそうである。
木花開耶姫も光り輝く立派な神様である。自殺したはずは無いと思っていた。

 姫によると、火山は皆繋がっているのだそうである。
浅間山も富士山も胎蔵界を通ると近いのである。そしてセムナンもである。

 天照大神様が隠れた天岩戸も、この胎蔵界である。神々の秘密である。
その入り口は、富士山にもあるそうである。

 富士山、高天原には沢山の秘密がある。
高天原を繋ぐ事を「たかみむすび」と言うようである。天皇の巡幸である。

 悪霊どもも地下を通して接近してくる事がある。
身の回り、足元も、良く注意しましょう。

    +(-_-;) 


 真名井の真実

2008/06/04

 稗田阿礼(ひえだのあら)神様に、良く話題の真名井とはどこか、お尋ねした。
真名井は一般的に「まない」で、古墳のある行田の真名板も「まないた」と読んで(=呼んで)いる。

 稗田阿礼神様に案内していただいたところは、やはり中東のイエメンだった。
下のところである。

サナア

 サナアといえば有名なところで、世界遺産の街もある。
何故サナアなのか?

サナアの街

 ここにも、「にほん」があった。
実は、真名井は「まない」ではなく「さない」だったのだそうである。。

 びっくり仰天だが、やはり中国人工作員の子孫が、歴史が解らなくなるように騙したのだそうである。
真田は誰でも「さなだ」と読むと言われた。その通りである。

 稗田阿礼神様も「ひえだのあら」ではなく「ひえだのあれ」や「ひえだのあれい」にされていた。
大事な名前を勝手に変えられては、神々のお怒りは当然である。

 行田の真名板は、本当は「まないた」ではなく「さな居た」だったのだそうである。
各地の真名井は秘密が解けたと思う。

 今日はとてもすっきりした。皆様も同じだと思う。
稗田阿礼神様に感謝である。

    +(-_-;) 


 天照様ご生誕の地

2008/06/03

 天照様の生まれは、以前書いたように北海道であった。
何時頃書いたのかは忘れた。

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 洞爺湖周辺でも、縄文時代のものと言われる遺跡が見つかっている。
実際には6千年以上前のものである。

 天照大神様の神殿は、この辺りにあったそうである。
父上は、上古の13代、アメン神様だったそうである。

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 そして、末子相続だったため、13人目の子である天照様を跡継ぎにしたそうである。
天照様は日嗣ではなかった。

 長い間の思いが、やっとほぐれてきた様である。
「イ」の字が親だったというのも捏造だったそうである。上古は文字なき神の時代である。

 毎日邪魔が沢山きている。勿論、皆返り討ちである。
子供の頃から、訳も解らず、悪霊どもには何度も襲われた。

 皆さんも、そんな事が多いのである。
日々、気をつけて生きましょう。

    +(-_-;) 


 天照大神様の巡幸

2008/06/02

 天の岩舟に乗り、中東を旅立たれた天照大神様である。
こちらは、その痕である。

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 上の土地から、最初に降り立たれたのは、天城だったそうである。
古墳、ストーンサークルがある。

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 こちらが、その跡である。

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 その後、石廊崎に行かれたそうである。
こちらには、遺跡は発見されていないようである。

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 そして、出雲である。
ご苦労様である。

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 天の岩舟は神光寺というところに降りたそうである。
お近くの方は知っているでしょうか?

 今日も天照大神様がわざわざ来てくださいました。
ありがたいと思います。

    +(-_-;) 


 天祖神社

2008/06/01

 今年も早くも後半である。
大山祇神様に大切なところに案内していただいた。

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 都内、港区の三田である。三は山で、千(セン=sem)なのだそうである。大山(だいせん)、中山道(なかせんどう)の類である。
私は、ここにも赤羽という地名があるとは知らなかった。

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 そして、ここにも天祖神社があった。良く引張られている。
三田住宅と言うところには、大事な古墳があったのだそうである。

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 ここの杜も、ちゃんと丑寅を向いている様である。


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 大きな、謎がまた一つ解けてきたと思う。

    +(-_-;) 

 
 
 
 
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