6月の日記

 早月末

2008/05/31

 今月もあっという間に月末である。
古事記の上巻を解説しようと思ったが、今月は出来なかった。

 高天原は日本中にある。
稗田阿礼神様にお尋ねしたら、14あるという。

 その中で、一番大切なのがここである。

富士山

 富士山である。
この山頂にも、高天原があったのだそうである。

富士山頂

 先日の木花開耶姫とも話が近寄ってきた。
イランのセムナンとも感じは似ている。

神社

 こちらは山頂の神社である。
確かに、高天原である。

 木花開耶姫も、ここで仕事をされていたそうである。
ところが、ある日、富士山は噴火した。これが木花開耶姫の火中の出産の話とも繋がったそうである。

 富士山は豊受大神様の時代にも噴火した様である。
上古は、その後25代で終焉を迎えたわけである。

 これは、富士山の噴火の影響が巨大だったそうである。
そこに、他国が政治的侵略をしてきたと言うのは、とても理解できそうな話である。

 人心が荒廃すると、富士山は噴火するそうである。
気をつけましょう。

    +(-_-;) 


 タージ・マハル

2008/05/30

 タージ・マハルは誰でも知っていると思う。
訳すと、大いなる祈りと言ったところかと思う。

 それは、姫のために造ったのだそうである。
これもイスラム教の廟堂である。前方後円墳の姿である。

タージ・マハル

 しかも、「にほん」の柱に挟まれていると、調神社である。
以前は、何故「にほん」の柱か意味が解らなかった。前玉神社の階段脇にも「にほん」の石柱が立っている。

 まことに、歴史に埋もれた神々の思いは、大変なものがあったと思う。
今ようやく、その入り口に来たような気もする。

 ピラミッドなら玄室である。
皆様も、良くここまで来たと思う。

    +(-_-;) 


 鹿浜

2008/05/29

 昔から、鹿浜と言う地名があるのが、とても不思議だった。
蓮田の黒浜もそうだった。

 皆様が思ったとおり、鹿浜と言うのは鹿角の舎人が来たのである。
昔は夢にも理解できなかった。今も、この世の99,9%以上の方は理解できない。

 理解できているのは皆様だけである。

鹿浜橋

 ここの方は、何処の古墳を造られたのかお尋ねした。
それが下の地図である。工作員の手で、既に消滅している様である。

行徳

 私の家の近くの埴輪の窯から、この辺りにも埴輪が行っているそうである。
前に言ったように、鹿角は今のドイツ辺りの方である。鴻巣にも居たそうである。

 鹿浜と言う地名の秘密を守りたい工作員は、色々な理由をつけるはずである。
それも、無意識の内にである。

 既に皆様は、葛飾柴又の「柴又」の意味さえ気がついたと思う。
確かに、鹿角の舎人が骨を埋めたら、鹿骨と言う地名も出来るのだと思う。

 悪魔の工作員(中国人)は、やはり鹿角の舎人も殺して食ったのだそうである。
それが、ウガヤ44代の時で、そのとき限り、この地球は神々に見捨てられているのである。

 アメリカに来た金星人のアダムスキーとは、GODSの使者だったのだそうである。
神々が金木犀に引き上げてしまったので、馬鹿どもが歴史の捏造を始めたそうである。

 とても納得できそうな話である。
悔い改めないと、今度こそ地球人類は終わる。

    +(-_-;) 


 愛宕とは

2008/05/28

 何処なのか、昔から不思議に思っていた。
稗田阿礼神様にお尋ねしたら、インドであった。

愛宕

 しかも、荒川らしきものもあった。
舎人(とねり)=利根川の「とね」、「稗田阿礼(あら)」=荒川と、インドのこの地は埼玉古墳と全く環境が似ている。

 火防の神社と言われる愛宕神社である。
大河は、まさに神の権威である。

 今起っている、世界の水事情も、この世の人の心と関係が大きいのである。
こちらは氾濫した水である。

水に沈んだ道路)"

 水まで利権にした愚かな役人たちである。
またそのうち天誅は来る。

 馬鹿は何が問題かさえ解らないので馬鹿なのである。

    +(-_-;) 


 天の岩舟

2008/05/27

 一昨日、ご紹介した三島大社だが、天の岩舟の写真があった。
この石は祟り石として、移動させる事が出来ないそうである。

天の岩舟

 この岩舟は23人が乗れたのだそうである。
外形的には理解できないが、それが今の人間の無能である。木星のものだそうである。金木犀の傍である。

 瓊瓊杵尊は天孫である。その父上は上古の23代の方である。天子という事になる。
その方が居られたのがチベットである。

 中国が強引にチベットを吸収しようとしている理由が、ここにもあるのだそうである。
天子の居た土地が無いと、中国人が良く使う天子という言葉が、役に立たないのである。

 馬鹿なことばかりやっているので、中国には天誅が落ちたのである。
四川省に核施設を造るには、神戸のように地下の水も抜いたはずである。

 大事な地下水を抜けば、只でさえ落ちやすい巨大断層が崩落するのは決まっている。
あの地震は、中国政府による人災であったとも言える。

 何時まで中国政府は、人民を抑える事が出来るかは不明である。
若しかしたら、誰も知らない地下施設も沢山あったのだと思う。

 日本で過ごした、木花開耶(このはなのさくや)姫と瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)は、その後また、ペルシャ、イエメンへと帰ったのだそうである。

 日本に来たのは、仕事だったのだそうである。

    +(-_-;) 


 湯島天神の祭り

2008/05/26

 昨日は湯島天神のお祭りでした。
私もちょこっと行きました。

 最初は天之手力男命にご挨拶です。
建御名方神様も縁が深く、こちらに居られます。

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 次は笹塚稲荷です。 百済から来たお狐さん(俗に言う管狐)です。やはり、とても上品です。


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 参拝殿前でお神輿がお祓いを受けています。
社主の選んだ、今日の写真です。上にお狐さんが乗っているからです。太田姫稲荷神社で修行されたそうです。

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 こちらは、回廊前に進んだお神輿です。
中々良く撮れました。お狐さんは、この地区のお神輿にだけしか居ませんでした。

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 お社は地図にはありませんでした。
そこから上野に行って、薬師寺展を見ようかと思いましたが、時間が遅くなったので中止しました。

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 菅原道真公と天之手力男命、そして建御名方神様と3柱の神様が来てくださいました。
広いとは言えない境内は凄い熱気でした。

 こちらも、隔年のお祭りのようです。
ご苦労様でした。

    +(-_-;) 


 木花開耶姫(このはなのさくや)

2008/05/25

 前玉神社を更新していたら、埼玉火祭りの主人公である木花開耶(このはなのさくや)姫がお越しになった。
前玉神社に祭られたのが不思議だったのだが、菅原道真公の引張りがあったそうである。

 昨日、菅原道真公も常世岐姫神社に参られた。御祭神である。
今日は湯島天神が例祭なのだそうである。条件が許せば行ってみたいと思う。雨では行けない。

 木花開耶姫が日本に来た時は、まだ天の岩舟が使えたそうである。
瓊瓊杵尊と共に降り立ったのは金木犀のある、ここである。

金木犀

 ご存知の方もいるかと思う。
大山祇(おおやまづみ)神を御祭神とする三島大社である。

 その後、御殿場に居を構えたのだそうである。
富士山の銘は、ここから来たようである。

山神社

 山神社と言うのが見えると思う。御祭神は大山祇神である。
ここが、お住まいだったそうである。官舎群だった様である。

 ここ御殿場は、かって天照様も住まれたところである。
昔から日記を読んでいる方は知っていると思う。

 私も、瓊瓊杵尊までが住んだとは知らなかった。
それにしても、三島大社の皆さんも、何故御祭神が、大山祇神かも解らないそうである。

 もちろん最初の建立など夢にも解ろうはずが無い。
日本の歴史は見事に焚書されているのである。

 ウガヤの時代を2800年とすると、三島大社の歴史も、5千年は遥かに超えているのである。
上古からあるという、多くの神社がそうである。日本の歴史は、インド、メソポタミア、エジプト、ペルシャなどと共にあったのである。

 こんな事を言うと、中国人子孫などの御用学者は、必ず笑うはずである。
それが奴らの仕事だからである。やらないと、草を見張る黒手組みに始末されるのだそうである。

 中国人子孫など、とっとと皆始末されて、この日本から消えうせろと言いたい。
唐(とう=10=天)を、実は唐(から=かす)だと見破り、遣唐使を廃止した菅原道真公は、やはり立派であった。

 私は参道で、何処の神様がご降臨されたかと思った。
菅原道真公は、学問の神様だけあって、太古の事も知っていたそうである。

 今日も皆様は開運したと思う。

    +(-_-;) 


 前方後円墳

2008/05/24

 仁徳天皇のものは800メーター、応神天皇のものは450メーターと言われている。
それで、誰が造ったのかが問題である。

 応神天皇にお尋ねしたら、中国人だそうである。
埼玉古墳のものは正しいもので、ちゃんと金星の方角を向いている。

 ところが、大阪のものはご覧の通りである。「藤」が居た。。

羽曳野

 中国人は、前方後円墳が金星の方角を向いているのを知らなかったそうである。今も皆様しか知らない。
そもそも、応神天皇は大阪で死んでいないのだという。

 何処でお亡くなりになったのか、お尋ねした。
現在のアフガニスタンのある山である。

アフガニスタンの山

 チベットのような感じも受ける山である。ピラミッドである。
古事記の中の巻も応神天皇で終わっている。今も邪魔が来た。

 金子、柴崎と、ろくでもないものが日記を上げるたびに感応して鬱陶しかった。
勿論、皆返り討ちである。

 それにしても、中国人は何処まで言っても中国人である。
東国の前方後円墳の格好を真似たのは良かったが、肝心な向きを理解していなかった。

 埼玉古墳の前方後円墳は金星のためにあったのである。
そして、金星は、天皇家とも、とても大切な関係なのである。これは秘密である。

 誰もこの世で知らないことを皆様は知ったのである。
悪霊は、皆様の光を狙ってきます。

 ウザイ者に絡まれないように生きましょう。

    +(-_-;) 


 シバの女王

2008/05/23

 常世岐姫と同様にイエメンの方である。
そして、埼玉の渡柳との関係を調べた。昔から「柴」のつく苗字が多いと思っていた。

 シバが来た崎なら柴崎である。ただし、柴崎、シバの関係もろくなものはいなかった。。
分布を調べてみた。

シバの分布

 まことに、血(=地)には事実があると思った。
 
 常世岐姫神社の御祭神である少彦名命 (すくなびこなのみこと)と言う方は 《古事記》では神産巣日(かんむすひ)神の,《日本書紀》では高皇産霊(たかみむすひ)尊の子である。

 大国主神の国土経営に協力したが,伯耆(ほうき)国淡島(ペルシャ)で粟茎(あわがら=西の侵略者)に弾(はじ)かれて常世(とこよ)国に行った。
農業・酒造・医薬・温泉の神として信仰される。

 常世とは既に述べたとおりイエメンである。
神産巣日(かんむすひ)神とは稲荷神の中の田中大神と呼ばれる方である。

 とても理解が進んだと思う。
稗田阿礼神様に感謝である。

    +(-_-;) 


 埼玉(さきたま)の津

2008/05/22

 埼玉の津とは水が集まるところである。
あちこちに津のつく地名がある。

埼玉の津の碑

 津は船が来るところである。
昔は、荒川、利根川は船があった。江戸まで船で行き来していたそうである。

 埼玉にも沢山の渡来人が行き来していたのである。
埼玉古墳には、中国朝鮮を除く、沢山の神々の陵があったのである。

 細かい陵は全国に無数にある。
埼玉古墳で気がついたのが、小針があることである。舎人新田の近くにも小針がある。

 「こばり」とはインドの言葉なのだそうである。
ウザイ悪霊は文句をつけに来るし、とても大変な仕事である。

 とりあえず、埼玉古墳のバージョン2をそっとアップいたしました。
これから、沢山の内容が追加されると思います。

    +(-_-;) 


 馬室村

2008/05/21

 かっては、滝馬室村と原馬室村であった。今は、鴻巣市に吸収されている。
ここに金子一族の本部がある。かっての朝鮮渡来族である。

 金子一族は全国で5万軒以上あるが埼玉、神奈川、東京で全体の4割程度を占めている。
かっての武蔵の国である。ここに2万件以上結集している。鴻巣市では350軒もあった。

金子族の占率

 これだけの大勢力が、埼玉古墳にも進出したのである。
それは、大国の力が衰えた事もあるが、ローマの武力が浸透してきたからである。

 かって、武器が無いときは鎧など要らなかった。
戦争のための馬もそうである。

 先に武器を作って、敵を滅ぼした者が強者になったのである。
中国は、これを真似て軍拡に走り天罰を受けたわけである。

 もう少し、社会に還元できる事に税金は使うべきであった。
日本の歴史を破壊した者たちにも、大きな天誅が下ると思う。そう言えば、モナコがゴミで地獄化している。

 馬室にも古墳は沢山あったのだが、やはりステータスが違ったのだと思う。。
欲の深い者が多いのは、地元の常識である。

    +(-_-;) 


 稲荷山古墳の事

2008/05/20

 鉄剣の出た稲荷山を調べていたら、ヲワケと言う霊が来た。今の朝鮮の出身の方である。
鉄剣の最初に表記してある方だが、稲荷山の造営をした方ではなかった。侵略してきたのだそうである。

 ただ鉄剣は、後からあそこに葬った人に送ったのだそうである。
かって、あの巨大な古墳を作った方は、やはりペルシャの方だったそうである。

 下の写真は、稲荷山の山頂である。
今も、あの下で霊は眠っているそうである。二子山古墳なども全く発掘はされていないのである。

稲荷山古墳の上

 考えても、畏れ多くて発掘など出来ない。
建御名方神様の思いが、少し感じられたかと思う。

 真の歴史の前には、金銘の鉄剣さえ霞んでしまいそうである。
朝鮮の武将が攻めてきたのは、やはりウガヤが乱れた44代の時だそうである。

 隣の将軍山古墳はは、元はインドの方のものだったそうである。
お国柄が同じだと、やることも同じ様になるのだと思う。

 馬室部落の仲間だったそうである。
疲れる話である。

    +(-_-;) 


 手水屋のお掃除

2008/05/19

 昨日も常世岐姫神社に行ってきた。
空には龍神様がおられた。農道が気持ち良い。

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 鴻巣から45分ほどで神社に到着。
ここは村社だったらしい。

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 手水屋の溜まり水が汚かったので、ホースを持って行って掃除したのである。
スポンジもあればよかったと思った。

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 1昨日から気になっていたので、再び来たのである。
お賽銭箱も直してあげたくなった。底から1円玉が抜けていた。

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 こちらの御祭神様を改めて拝見して驚いた。
常世岐姫、菅原道真公、宇迦之御魂大神様、大国主命、応神天皇(誉田別命)様、建御名方神様まで居られた。

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 こちらの神社は何時建てられたのかさえ解らないのだと言う。
稗田阿礼神様によると、常世岐姫とは聖書に出てくるアダムとイブのうちのイブなのだと言う。驚いた。

常世とは常夜の事で、イブを現していたのだそうである。稗田阿礼神様に案内されたエデンはイエメンのある山であった。常世岐姫の「岐」である。

 イブがエデンの園を追われて何処に行ったのかと思っていたのだが、ここ行田の渡柳に来ていたとは知らなかった。 ダンテ・アリギエーリの叙事詩『神曲』では、煉獄山の山頂にエデンの楽園があり、天国に最も近い場所となっている。

 こちらはエデンの園の跡である。

エデンの園跡

 下はエデンの遺跡とでも言うようなものである。

エデンの地の遺跡

 アダムは蛇に騙され、イブを唆し、イブは日本に来たそうである。

アダムとイブ

 股間は管理人がつけたマークである。
こちらは「悲惨なイブ」の地と思ってしまった。ここも勿論エデンの地にある。作り物ではない。

悲惨なイブ"

 写真のエデンの跡とはイエメンにある、イエメン(ヤーメン)から来たので、ワタリヤーメギ(渡ヤーメ来)と成ったそうである。
日本とイエメンも深い関係にあるのだそうである。

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 稲荷山から回って行った前玉神社では、建御名方神様が凄い霊験で写られた。
お狐さんも一緒である。

 長い間、余程の思いだったのだと思う。

    +(-_-;) 


 お狐さんの色あわせ

2008/05/18

 一昨日、常世岐姫神社をサイトに載せた後、少し休んでいたら不思議なことがあった。
突如、2枚の赤い紙と黄色い紙が目の前に現れたのである。不思議だった。

赤と黄色

 訳が解らなかったが、次に常世岐姫神社のお狐さんがカラーで現れた。今も居られる。
色あわせをするために、私に赤と黄色のカードを見せたのである。初めてである。

 このお狐さんも太田姫稲荷神社で修行された高弟、上位のお狐さんなのだそうである。桜森稲荷神社のお狐さんとも知り合いだったのだそうである。

 桜森稲荷神社のお狐さんは姉弟子に当たるそうである。それで、前玉神社にも、火祭りにも桜森稲荷神社のお狐さんが来ていたのである。

太田姫稲荷神社の筆頭さんの、ひまわりのような凄い狐火からも、このお狐さんの力は感じられるかと思う。

 このお狐さんも、もはや、茶色い毛は少ない。
画像解像度から言っても相当な力のお狐さんである。

 埼玉古墳の周りには、力のあるお狐さんが多い。→「コン」
かっての稲荷山古墳の山頂の稲荷神社は、諏訪大社のお狐さんが守っていたのだそうである。

 それでなければ、国宝の鉄剣もとっくに盗まれていたはずである。
建御名方神様の大きな思いが感じられた。

 稗田阿礼神様にお尋ねしたところ、前方後円墳は下の建物が、同じものを現しているそうである。
アメリカの嫌いなイランにある。

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 埼玉古墳群の新しいサイトは数日で公開できると思う。

    +(-_-;) 


 イエス様の事

2008/05/17

 有名な青森県新郷村の伝承である。
この村には変わった話が一杯あるという。

キリスト伝説

 ここは戸来と言うところである。かっては戸来村と言った。
そして地図を見ると、サイトの訪問者様には、全ての暗号が解読で飽きると思う。

戸来

 十は祈りを現す、テン(=天)である。十和田とは、天なる父(ダ)と言った様な意味である。
そして、青森には十三遺跡(とさ遺跡)がある。三はサンで、エジプトの太陽と水を現している。

 ここからは大湯の環状列石も、比較的近い。
これからも、沢山の事が見えると思う。

 光が凄い。

    +(-_-;) 


 天照大神様の御子岩

2008/05/16

 天照大神様はいろいろな土地を巡幸されという。
ここもその一つである。
御子岩の説明

 下は、岩舟である。
赤い石である。赤石、明石、と言う地名や人名も多い。

赤石、岩舟

 この石は、現在のドイツからやって来たそうである。
ニギハヤッヒの国である。

 考えても、こんな石が地中から、わき出してくると言うのはあり得ない。
これからは、秩父の長瀞も観光シーズンである。

 あの巨石がどこから来たか、考えたら眠れないと思う。
どんなものか、知らない人は一度観られると良いと思う。

 この世は、地球人には、説明のつかないことばかりである。
石が飛ぶはずがないという人は、隕石はどう説明するのか?

 どこの星も爆発などしていない。

    +(-_-;) 


 上古の終わり

2008/05/15

 今から5400年前、上古の時代が滅びたときは、ナイル川の渇水があったのだそうである。
あの巨大なナイル川が、6年もの間、水が無くなってしまったのだそうである。

 人々の心が荒廃し、龍神様が怒ったのだそうである。
雨を司る龍神様が怒ったら、人類などあっという間に滅びる。飢饉でも洪水でも滅びる。

 そのため、人々は木星の神々に助けを求めたのだそうである。
その時造ったのが、この紋章なのだそうである。

祈りの紋章

 稗田阿礼神様によると、これは星座を現わしているそうである。→「コン」
下は拡大した写真である。

拡大写真

 滅びの前兆は、天照大神様の時代から出ていたのは、古事記からも伺えると思う。
天照大神様が隠れたのは、下の写真の所である。

天の岩屋

 あそこには岩舟があったのだそうである。ポンポン山のようなものである。
天照大神様がお出でになった。頭に三角の金の冠り物をされている。これが帝(みかど、三角)の様である。

 その岩舟は日本に来たのだそうである。
岩舟で来た人が、「岩戸」と呼ばれたのである。下戸(げこ)ではなく、上戸(じょうこ)だったそうである。

 ヘブライとは戸部来で、役人だったようである。青森の戸来村(へらいむら)ではよくイエス様の墓を守っていた。
稗田阿礼神様が、舎人(とねり)の下にいたのが戸部来→戸来→家来と成ったと言っている。

 天から岩戸が落ちてきたという、岩戸神社の言い伝えは本当だったのである。
そして、人心が腐った上古の時代は、終焉を迎え、ウガヤの時代が始まったわけである。

 ここまでが古事記の上巻である。→「コン」
ウガヤフキアエズの命は現在の英国の人だったそうである。ストーンヘンジが出来たのも、この頃である。

 政治の乱れと天変地異は、今も目の前の現実である。
私や皆さんがいなくなったら、この世の価値はなくなり、再び、この世は滅びるのである。

 これは先日言ったとおりである。
中国には政治家に対する天誅が弱いものに出た。これも決まっていることである。

 中国を許す神々、仏は、この宇宙のどこにもいない。

    +(-_-;) 


 日本王国

2008/05/14

 昨日、東京12チャンネルで2回目を放送していた。
観られた方もいたと思う。

 埼玉古墳群をテレビに出していただけたのはとても嬉しいと思う。
しかも、はにわの製造元、生出塚(おいねづか)も紹介してくれた。

 ここは社主のお社からも近い。今は公園である。
鴻巣古墳群は忙しくて制作が止まってしまったが、こちらも紹介していただきたいと思う。

 下は埼玉県名発祥の地の碑である。

埼玉県名発祥の地

 下は瓦塚古墳である。変わった埴輪が出たようである。

瓦塚古墳1

 稗田阿礼神様によると、こちらの古墳はエジプトの方のものだそうである。

瓦塚古墳2

 今、私のサイトに来ている方の多くは、ご先祖様のご縁で来ているそうである。
日本の歴史を研究しだして、ここの皆様が来たときは、正直、何事かと思った。

 事実は小説どころではなかった。
こんな展開になるとは、想像さえ出来ない方も多かったと思う。→「コン」

 何しろ、社主さえ夢にも思わなかったのだそうである。。
訪問者様の多くの心が、岩舟で空を飛べる様になると嬉しいと思う。

 その境地が、この悪魔の世界からの解脱に近いところだからである。

    +(-_-;) 


 お祭りの写真集が出来ました。

2008/05/13

 太田姫稲荷神社の例大祭の写真集が出来ました。
まだ手直しも必要だと思います。

例大祭

 それにしても、キッチンジローというのは30年前にもあったような気がします。
もちろん学生時代は、入った事はありませんでした。ほぼ学食だけでした。

 考えてみれば、駅と学校を何度往復したか解りませんが、日大や明大の前も通った事がありませんでした。
日大や教会は当時のままです。

 二度と来る事はないと思っていたお茶の水でした。
もちろん、太田姫稲荷神社のお狐さんが引っ張ったのだそうです。。

 それも、社主が来てからの事です。
まことに、縁とは不思議です。

 写真を頂いた皆様、ありがとうございました。

    +(-_-;) 


 太田姫稲荷神社のお祭り2

2008/05/12

 昨日、太田姫稲荷神社の例大祭に行ってきた。
朝の出発は、間に合わなかったので頂いた写真を掲載します。

天狗 AL Mahsh

 この天狗はどこの人だったか、太田姫稲荷神社のお狐さんに尋ねた。
お狐さんが言うには、アラビア半島のAL Mahshと言うところから来た方だったそうである。すごい展開である。。

 近辺には、カンダハル(アフガニスタンの地名)という店もあるから、その通りなのだと思う。
途中で入った明治大学の地下2階の考古学展示室は滑稽に思えた。。

天狗の先導

 この天狗は地位ある者だったそうである。雰囲気でも解る。
無事に御神輿は神社を出発しました。

神社を出発

 御神輿を送り出した神社は新しい提灯が綺麗です。

太田桔梗

お狐さんが、とても嬉しそうです。

    +(-_-;) 


 太田姫稲荷神社のお祭り

2008/05/11

 今日は、太田姫稲荷神社の例大祭です。
こちらは掲示板でも紹介した写真です。

2008年の例大祭式典お祭り

 今日のお祭りの写真は、明日の日記に掲載いたします。

 下は、チベット問題です。



 グーグルでは、中国の圧力で削除されたそうです。
中国は自国民を、天安門では戦車で踏みつぶしました。

 そして、チベットでは銃で子供さえ射殺中です。
民主国家で自国民の虐殺などをしたら、大変な問題のはずです。



 やはり中国人は悪魔の化身というのが本当のようです。
中国人と中国人子孫の日本人の言う事は絶対信じてはいけません。役人政治家に多いのです。

 それで、政府は「カス(華巣)を見るのが関の山」、霞ヶ関なのです。→「コン」
国会議員でさえ、政府は国民の敵と言っているのです。

 訪問者の皆さんも、親を抱えている方が多いはずです。
天引きは中国人の発想です。アメリカでも税金は自己申告だそうです。

 悪しき中国人、役人らに騙されないように、お狐の皆さんに守って頂きましょう。
太古の時代より、中国など無ければ、出雲も、世界も滅びなかったのだそうです。

 真実だと世界中で思っていると思います。

    +(-_-;) 


 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)とシバの女王

2008/05/10

 おかしな取り合わせのようだが縁が深かった。
埼玉火祭りのページを完成させるべく、稗田阿礼神様に瓊瓊杵尊の土地に案内していただいた。

 見ていただくと解るが、そこは中東のイエメンであった。
瓊瓊杵尊の宮殿跡にはシバの女王も居たのだそうである。実にロマンチックである。

 殿方のみならず、女性もロマンを感じると思う。ただし、旅行に行って拉致された方もいたので注意しましょう。

 ウイキに掲載されているシバの女王の絵は似ていないというので採用しなかった。もっと美しいのだそうである。

岩舟

 ここにも、大きな岩舟があった。
アメリカの仮想敵国は、神代の日本に関係したところが多いようである。

 今日から、太田姫稲荷神社のお祭りである。
お狐さんがうずうずしている。私も是非行きたいと思う。

    +(-_-;) 


 イエス様の事

2008/05/09

 稗田阿礼神様のところで、イエス様が出た地、ジャイプールをご紹介した。
そこには、水に浮く城もあった。行田の忍城のようである。

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 どうやって造ったのかと思ったが、乾期には水が乾くのだそうである。
写真の通りである。良い写真なので掲載した。

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 インドの雨季と乾季は、日本人には分らないものだと思う。
もう一つ、推薦されたのが、この宮殿である。とても大きいと思う。龍神様も居られる。

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 ポタラ宮殿と同じく、胎蔵界に通じているそうである。この周囲には、象が多いようである。
インドでは観光タクシーのようなものかもしれない。

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 稗田阿礼神様も乗ったそうである。
初乗り運賃はいくらなのか、少し気になるところである。

    +(-_-;) 


 沼津の八幡神社のお狐さん

2008/05/08

 いつもお手伝いいただいている沼津の八幡神社のお狐さんである。
よく登場してくださり、皆様も感心があると思う。

沼津の八幡神社の天空図

 ここも古墳だったそうである。ウガヤ53代の方だったそうである。
多くは、そのようなところに稲荷神社もある。

 そして、島上寺の下からは巨大な石が出てきたそうである。
この右下は、牛臥という地名である。

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 多くの方は、大きな石も地球で生成されたものばかりと思っている。
とんでもない話である。地球人は、根底から洗脳されているのである。

 今日も宇宙飛行士が宇宙人といつかは会えるなどと言っていた。とんでもない話である。
牛を殺して食ってしまう人類が、どうして、まともな宇宙人と会えるはずがあるのか?

 こう言っても、宇宙飛行士は考えようもないはずである。地球人は隔離されているのである。→「コン」
先ほど大きな地震があった。

 ここに導かれた皆様は、彼らがいかに不幸かを感じているかもしれない。
科学と言うものも悪魔の道具である。

 そんなものは、いくら進歩しても心の糧には成らないのである。
目先に騙されない事が大切であると思う。

    +(-_-;) 


 歴史の真実

2008/05/07

 さきほど、ある霊が来て、お釈迦様もクシナガラで死んだのではないと言った。
青森の五所川原で死んだのだそうである。

 イエス様ばかりか、お釈迦様までイの者に利用されていたのだそうである。
まさに歴史に真実は無いようである。

梵珠山

 この梵珠山と言うところの墓が本物なのだそうである。
五所川原の五所とは御所なのだそうである。

 お釈迦様は、竹内文書によれば、確かに皇統である。
「だいしゃか」という駅まである。知らなかった。

 この世の殆どの方は、騙されているのが本当だと思う。

    +(-_-;) 


 さきたま火祭り 2

2008/05/06

 来賓の挨拶が済み、火祭りの開始となった。
松明の入場である。ニニギの命と、コノハナサクヤ姫はよく映らなかったのでカットした。

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 松明を持っている方は、自分の炎がどんな姿なのかを知らない。
ここにも、DNAの姿が現れている。見ての通りである。帽子の方のものではない。

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 テントの後ろは日本最大の円墳、丸墓山である。松明はあの山から下りてくるのである。
沢山の神霊が感応された。ここに参加された方は、ほぼ無欲なので、神前としては、とても良いのである。

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 上の写真は舞台前に集合したときである。これは前世の記憶が騒いで参加する人が多いのだそうである。。

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 上は産屋の前である。
下は、産屋に火を点火する前である。沢山の神々が感応された。お狐さんも居られる。

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 産屋が焼けるのを神々が見守っている。人出が10万人とも言われた。数百人は写真を撮っていたと思う。
 しかし、周りの人が持つカメラの窓には、どこにも神々は映ってはいない。これが、信仰の違いであると思う。 涙が出てしまった。

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 神々は、毎年降臨されるのだが、誰も気が付いてくれないのだという。
ここ埼玉古墳で祀られていた、膨大な数の神々(舎人=とねり)である。

 本来は舎人(とねり)というのは、高い地位だったのだそうである。利根川はここから来ている。
それを、下級役人にしたのは悪しき工作員たちである。ここに居られるのは、かっての舎人の皆さんである。稗田阿礼神様も居られる。

 誰が、下級役人に陵(おか)等創るはずがあるのか?
神々の思いは、皆様にも見えたと思う。日本の憲法はアメリカが作り、歴史はローマ帝国が作ったのである。

 火祭りは、後でサイトにまとめるつもりです。
さきたまの火祭りは、とても良いお清めになるそうです。

 興味のある方は、来年来てください。

    +(-_-;) 


 埼玉(さきたま)火祭り

2008/05/05

 愛車に跨り、十数年ぶりで埼玉火祭りに行ってきた。
途中で、社主の仲間がいるお社に2社寄って行った。

 1社は、以前紹介した利田の稲荷神社で、もう1社が常世岐姫(とこよきひめ)神社という。
やはり古墳に近いところだが、普通では見つからない。

常世岐姫(とこよきひめ)神社1

 コルコートという会社の裏である。

常世岐姫(とこよきひめ)神社2

 ここから直ぐに、埼玉古墳である。

埼玉古墳

 行田の名物ゼリーフライ。

ゼリーフライ

 すべては、国宝の鉄剣が見つかった事から始まった。

博物館の案内

 世界遺産へ登録申請するそうです。

世界遺産へ登録申請

 埼玉神社の宮司さんです。

埼玉神社の宮司さん

 こちらは来賓の埼玉県知事の上田さんです。後ろの光は桜森稲荷神社のお狐さんです。
沢山の神様とお狐さんが来てくださいました。

県知事 上田さん

 棚の前に数え切れない数の神様がおります。明日の日記で沢山の神様が見えると思います。
こちらの神様のおかげで、色々な事を知り、目から鱗が落ちました。

棚の前に神様

 こちらは、出番の準備をする役者の皆さんです。

準備中

 あの棒が松明になります。
続きはまた明日。神々の思いが見えるかと思います。

    +(-_-;) 


 月読の事

2008/05/04

 古事記上巻でキーポイントは、伊弉諾の子、天照大神、月読、スサノオの誕生である。
年長組の訪問者の皆様は、天照大神がエジプト、スサノオがイラク等を示している事は理解されたと思う。

 それでは月読はどこか? 稗田阿礼神様に案内していただいた。こちらである。

月読

 私はいつものように全く知らなかった。
キーはやはりALである。天、太陽、東を現わすようである。

 伊弉諾(いざなぎ)は美しい子を手に入れ喜んだという。
降臨開始である。。

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 綺麗に整列している建物である。

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 見事という感じである。
長い塔が8本で、八剣なのだそうである。どこかの神社にもあったと思う。

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 色々な冠り物をしている。これで、どこの国の、どんな人か分かるのだそうである。
カッパのお皿のようなものもたくさんある。。一つ欲しいような気もする。

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 こちらも、カッパのお皿のようである。インドの街はカプールと言った。

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 この美しい街も、イに逆らっていたら、シリアのパルミュラ遺跡のように成っていたと思う。
私が日本の歴史を解説し始めたときは、多くの皆さんが信じられなかったと思う。

 今でも、初めて来た人は、やはり洗脳の呪縛から逃れるのは大変だと思う。
稗田阿礼神様はイエス様の事も、真実を皆様にお伝えしたいそうである。

 当時、当然ながら、キリスト教は普及していたのである。
私も楽しみである。

    +(-_-;) 


 神々の跡

2008/05/03

 赤い土地と言うのがぴったりのモニュメントバレーである。
ナバホ族と言う先住民が住んでいたそうである。

地図ユタ州

 まことに、神々の創作というのがぴったりである。
今の地球の下級人類では、逆立ちしても出来ない芸術である。社主が、ここは海だったと言っている。

モニュメントバレー1

 殆どすべての学者という生き物は、自然の芸術などと言うのかと思う。
今日は憲法記念日であるが、強欲馬鹿な魔界転生中の裁判官どもの、憲法判断以下の発言であると思う。

モニュメントバレー2

 こちらの神々は土星の方だそうである。
竜宮城のあるのが土星である。私も18回出ている。社主が次は土星がよいと言っている。

 私が、この太陽系に来て、一番出た回数が多いのは木星である。30回近い。
一番少ないのは、この悪魔の星、地球である。思うだけでも鬱陶しい。

 もちろん社主は、土星でもお手伝いしてくれるそうである。
何しろ、アミが言うように、蛇がいるのは、この地球だけである。お狐さんも蛇どものせいで大変である。。

 私や皆さんが天に帰ったら、再び、この地球は浄化されるのである。決まっている。
今度はノアの役も残さない。それほど、この地球の人類の多くが腐り果ててしまったのである。

 いつも言うように、今の地球人類は、5分後に滅びてもおかしくないのである。
日々、思いを正しく生きると良いと思う。

    +(-_-;) 


 寒川神社 更新しました

2008/05/02

 更新と言うより、殆ど作り直しました。
寒川駅から、参道を通って、寒川神社までの写真を並べました。

 行った事がある人も、無い人も、面白いかと思います。
それと、埼玉古墳の白山姫神社を更新したので、日記も書く時間が無くなりました。

白山姫神社

 5月4日が埼玉火祭りです。
もう10年くらいは見に行っていませんが、沢山の古墳に眠る皆さんはどう思っているのでしょう。

 上古の25代でエジプトの天皇家の時代が終わり、イの時代になったのだそうです。
そして、終わり無き混乱が地上を襲ったそうです。

 多くの歴史学者は、真実の足下にさえ辿り着けなくなったのです。
かっての古文書は、未だにあるのだそうです。隠した人間は、八つ裂きにされてもおかしくないようです。

 やはり、日本書紀の権威で生きた者たちの仕業です。
罪を作らないと生きられないのが下民です。

    +(-_-;) 


 五月(さつき)

2008/05/01

 今日から5月である。
稗田阿礼神様に、天照大神様の事を教えていただいた。

 日本の歴史には、天照大神様はアフガンからエジプトまでの国の方と記してあった。
それを記したのも、既に3年前であった。月日は早い。

 稗田阿礼神様によると、天照大神様は、やはりエジプトの方であった。
しかも、上古の22代から25代までの方がエジプトの方なのだと言う。

 かっては、国境など無かったのである。
自由に空を飛べたのである。

 今日もエジプトをチェックに行ったら、お狐さんが待っていた。

待っていた、お狐さん

 天照大神様も、昨日の土地にいたのだそうである。

エジプトの地

 不思議な地型だが、埼玉古墳でもこれと同じものを見た事があった。
下はホルスの神殿である。

ホルス神殿

 ホルスとは本来は太陽神であった。鳥ではなかったのだそうである。
そして、この神殿のある土地はEdfuと言う。下は、神殿内部である。

神殿内部
 秩父から出た江戸氏は、上古の時代に、ここから天の岩舟に乗り、秩父に来たのだそうである。
皇室と天照大神様、秩父、江戸、そして銀座の由来は以前に紹介した。

 師をお迎えして、新学期が始まったような感じである。。
稗田阿礼神様のサイトは、随時更新していきたいと思う。

    +(-_-;) 

 
 
 
 
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