4月の日記

 サルゴン2世

2008/03/31

 今日は、1年ぶりに行った前玉神社(さきたまじんじゃ)の事をご紹介するつもりであった。
ここにも桜が咲いていた。

前玉神社

 そこに、サルゴン2世と言う方が現れた。
前玉神社に祀られているのだと言う。知らなかった。→「コン」

 こちらがサルゴン2世の姿である。
このところ立派な王様が見えていた。誰かと思っていたのである。

サルゴン2世

 沢山の方が、メソポタミアから、ここ埼玉の地に、祈りに来たのだと言う。サルゴンの名から茨城の猿島も縁があると言う。
乗ってきた岩舟は、奥の山古墳の近くにあるそうである。

古墳の地図

 確かに、この神社の階段は、ジクリッドのものにそっくりである。台座は八角形であると思う。
これも証拠なのだそうである。ヤーベ(八部)に降臨されるのがGODSである。

 この八角系の台座は3つあったそうである。以前日記にも書いた。今は広場のところである。
これは巨大な秘密である。多くの古墳が消滅してしまった。

神社の階段
 桜の咲いた前玉神社に、桜森稲荷神社のお狐さんが来て下さった。
桜色の光を演出している。これも九体のお狐さんでやっているのである。いつも見事である。

お狐さんの光

 偉大な歴史の取材には、足と尻の痛いのがおまけに付いてくる。
それでも、とても楽しい歴史の解説である。

    +(-_-;) 


 真名板へ(2)

2008/03/30

 真名板古墳の上をご案内する。 人生は灯台下暗しと言う事が多い。

真名板古墳の石碑

 こちらは古墳の上に御降臨された大明神様である
いつも気遣っていただき光栄である。

古墳の上に大明神様

 ここも前方後円墳だそうである。
山の上が道に成っている。

古墳の上

 一番奥に石碑があった。
ここに居られるのもハタさんである。二十柱の神霊である。宇迦之御魂大神様、応神天皇様も居られる。

古墳奥の石碑

 この古墳で一番印象に残ったのは、傍の寺の仏像であった。
手無しであった。悪魔どもが仏の法力を封じるために手を落としたのである。

 これは出雲の人をはじめ、過去に実際にあった事件の記憶なのである。
先日も、自分の息子の両手首を切り落とした父親がいたのは覚えていると思う。あれも業である。

 これをやった悪魔が、悪しき草冠どもである。絶対許されない事である。それで事件は起ってしまう。
牛や豚だって、殺して食う者を許すと思うのは宇宙的な間違いである。→「コン」

下に仏像の写真を掲載した。真名の敵を草(工作員=悪魔)と言うのである。

手無しの仏像

 こちらは説明である。県の文化財である。

銅像の説明

 手首を切り落とした残虐な者たちが、今も多数が日本に転生しているのである。
それで、とんでもない事件が多いのである。

 世の中の事件は多くが業から起っている。
皆様も、悪しき者には近づかないように注意していただきたいと思う。

    +(-_-;) 


 真名板へ

2008/03/29

 真名板とは行田市の地名である。真名板五郎と言う人がいたそうである。
「真名」には大きな意味がある。あちこちに真名という地名はある。

 昨日、menaと言うところを見ていたら霊が感応したのである。
時代は成務天皇のときだったようである。一昨年より前から、埼玉古墳との関連は書いてあった。

 私は真名板に古墳があったのも知らなかったのである。
それで早速、愛車に跨り取材に行って来た。

道

 地図で測ったら11kほどである。それにしても、日本の道は自転車に対する配慮が無い。
途中で雨が降った。よくある事である。少し、コミュニテイセンターの駐輪場で雨宿りした。

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 そこから直ぐに、古墳に到着である。
入り口は無人のお寺であった。

薬王山

 ここは以前にも、前は通った事があった。

山門

 立派な山門を潜り抜けると、古墳があった。

古墳

 こちらが正面である。

古墳正面

 誰が植えたのか、花が咲いていた。

花

 古墳に花というのも、とても嬉しい気がする。

花束

 20柱の神霊が居られる。これが「ハタ」なのだそうである。
かって、埼玉古墳は、ここまで広がっていたのだそうである。

 もちろん成務天皇もセム語族である。そして、ここの皆さんもそうなのだそうである。
真名とは「至高」を意味しているのだそうである。

 勿論、到着寸前のにわか雨も、神々が清めのために降らせてくれたのである。
「真名」の意味は深い。

    +(-_-;) 


 市杵島姫

2008/03/28

 昨日、大山阿夫利神社をご紹介した。
昨日、ご縁の市杵島姫が参られた。古事記ではスサノオの剣から産まれた事になっている。

 だいたい、市杵島を検索しても日本には見当たらない。
それで、ご本人にお尋ねした。下がそうである。剣より(なた)と言うのが合っていると思う。

アラビア半島

 何とアラビア半島であった。確かに島である。
すると、このスサノオとはやはりスサの「()」である。

 かってスサにはアケメネス朝時代の王都があったそうである。
そして、アッシリアの都アシュールの者が阿修羅である。残忍だったのだそうである。

 スサノオが馬の皮を剥いだように、阿修羅は人の皮を剥いで、城の壁に貼ったという。
下が、スサの位置である。

スサ

 スサノオは、やはり天王星から来た悪霊だったと言う。人に憑いたのである。
このところ変な事件がおきている。あれも同じである。犯罪を犯すのは、自称神と言う悪魔である。

市杵島姫様の故郷

 ちなみに阿修羅はセム語族ではないと言われている。私もそう思う。
アブラハムの仲間がいいところだと思う。

 そして、そこからメッカが近い。

メッカ

 メッカに不思議なものを発見した。Menaと言うところである。向こうにはピラミッドらしき山も見える。

メッカ上空

 白いのは、何と、テント村であった。凄い数である。

テント村

 こんなものがあるとは全く知らなかった。
下はメッカの市内である。

メッカの市内

 イスラム圏が、アメリカが言う悪の枢軸とは全く思えない。。
メッカにもポンポン山があった。

メッカのポンポン山

 今日は金曜日である。桜も咲いてきたと思う。
皆様に、しあわせな日でありますようにお祈りいたします。

    +(-_-;) 


 大山阿夫利神社

2008/03/27

 こちらが大山阿夫利神社である。
はじめて見たが立派である。

大山阿夫利神社社

 この御祭神は誰か、お尋ねした。
下の一覧の下から2番目の方だと言う。最後の王はアレキサンドロス大王にBC330年にやられてしまった。

ペルシア帝国皇帝(ダレイオスの王朝)
ダレイオス1世(紀元前521年-紀元前486年)
クセルクセス1世(紀元前486年-紀元前465年)
アルタクセルクセス1世(紀元前464年-紀元前424年)
クセルクセス2世(紀元前424年-紀元前423年)
ソグディアノス(紀元前423年)
ダレイオス2世(紀元前422年-紀元前404年)
アルタクセルクセス2世(紀元前404年-紀元前343年)
アルタクセルクセス3世(紀元前343年-紀元前338年)
アルセス(紀元前338年-紀元前336年)
ダレイオス3世(紀元前336年-紀元前330年)

 御祭神様が言うには、神倭朝第8代、孝元天王の時に日本に来たのだそうである。
孝元天王はBC214年即位となっているが、これは中国人工作員の捏造だそうである。→「コン」

 神武天皇の即位もBC660年どころではなかったそうである。
なんと、1代につき100年ほども違う様である。

 これもすっかり騙されていた。
やはり、北京オリンピックなどはボイコットされるのが良いと思う。。

    +(-_-;) 


 河童と胡瓜

2008/03/26

 昨日は、不思議な河童のお話であった。
河童と言えば胡瓜である。生寿司は食べないが、かっぱ巻きは私も良く食べる。

 何故、河童に胡瓜か?
「カッパ」は、ポルトガル語なのだそうである。キュウリーと言う方も沢山いる。

 キュロスはギリシャの人である。
カッパドキアもギリシャと縁が深い。訳が解らなくなったのは、イの工作だそうである。

 そのキュロス2世はアケメネス朝ペルシャを建てたと言われている。(ペルシャの発音はハカーマニッシュ朝)
ギリシャの発音はアカイメネスだそうである。

 カッパドキアからはキュルテベ文書と言うのが出土している。
さらに、カッパドキアからはギリシャ教父のカッパドキア3星と言われる人物を輩出したそうである。

 かっての大帝国アケメネス朝の地図があった。
広大である。ここも日本と縁がなかったはずが無い。

アケメネス朝ペルシャ

 下がペルセポリスの跡である。
一体何があったのかと思う。

ペルセポリス

 そんなことを考えていたら、窓から「コン」と太田姫稲荷神社のお狐さんのご挨拶である。
神様をご案内してきた。いつもご苦労様である。。

 何処の神様かと思ったら、山戸神社の御祭神である。
大山祇神、高崖神様である。何時もの様に訳が解らなかった。

 アケメネス朝ペルシャと縁が深いのは解ったので、土地に案内していただいた。
神様は、テヘランの近くに私を案内した。

semnan

 semnan(セムナン)と言うところだそうである。大きな山であるのは解った。
下が、拡大した写真である。

semnan

 もちろんセム語族であるのは解る。
大山祇神、高崖神様はアケメネス朝ペルシャの8代目と、10代目だったそうである。

 神奈川にも大山詣でと言うのはある。
この辺でも行く人がいるが、アケメネス朝時代の王様とは夢にも知らなかった。

 ペルシャの歴史は不思議だと言う。
日本やギリシャとの関係も少し見えたと思う。

    +(-_-;) 


 カンプル

2008/03/25

 昨日、メールで河童の話があった。
訪問者様の母が河童の夢を見たのだそうである。

河童の像

 社主に尋ねたら、それは、その方のご先祖様なのだと言う。
いつもの事ながら、驚いてしまった。

 河童の頭の皿とは、帽子のようなもので角隠しだったそうである。
それが、後にターバンに成ったそうである。

お皿のような帽子

 背中の甲羅は、今のデイバッグのようなものだったそうである。
インドから来たのだそうである。それがカンプル(Kanpur)というところだそうである。

kanpur

 王族の地、ラクナウから近い。この方(霊)は役人で、豊受大神様のご縁で日本に来たのだそうである。
それも上古の時代だそうである。太田姫稲荷神社のお狐さんが見てきてくださった。→「コン」

カンプルの地

 写真の右下がそうなのだと言っている。
今も建物がある。

バジ カリ マンデール

 マンデールといえば首相をやった方と同じ名前かと思う。
不思議な事ばかりであるが、筋は通っている様である。

 確かに、大河の傍に住んでいたのは間違いが無い。
先日の閏戸の方も5200年前に来たと言っていた。

 偉大な太古の歴史が、少し見えたと思う。
それにしても、鬼も河童もフリーメーソンも、皆が悪者扱いされていたと思う。

 誤った教育とは、とても恐ろしいものだと思う。
良く考えたいと思う。

    +(-_-;) 


 金満族

2008/03/24

 何時の時代も、金にのみ囚われる馬鹿は多い。
特に権力者である。馬鹿が権力にいると国民は不幸である。

 金と言えば、エジプトで、その縁に金沢がある。
下の写真は尾山神社というところの神門だそうである。元は由緒ある古墳だったそうである。

尾山神社

 良くこんなケバイのを造ったと思う。
当然、前田には障りがあったそうである。オランダ人の設計とかどこかに出ていた。

 愚か者どもは、自分を何様と思ってしまうのか?
つける薬は無い。

 誰が見ても、神社の門には見えない。文化の破壊である。
そう言えば、前田は、竹内家にも古文書を差し出せと迫ったのだそうである。

 竹内家で出さなかったため、領地を没収したそうである。
何時の世でも、とんでもない馬鹿は沢山いる。魔界に落ちる裁判官、法曹、役人どもの仲間である。

 領地を没収された竹内家は、喰うにも困った様である。当然である。
だいたい、これが神社の門などとは、普通では絶対信じられない。

ライトアップされた門

 どこかの遊園地の様である。
それでも、太古エジプトより参られた神霊が七柱いるそうである。

 勿論、前田などかけらも居ないそうである。
地獄の底に沈んでいるのは当然である。「−7」の世界だそうである。

 薄汚い武将など反吐が出そうである。

    +(-_-;) 


 胎内くぐり

2008/03/23

 最近のシリーズで、皆様も胎内くぐりがどんな意味か少し解ったと思う。
あちこちにある岩穴は胎蔵界へと通じているのである。

 こちらは筑波山の人面岩である。スフィンクスと言われている。
日本で知名度が低いのは、マスコミが抑えているからである。

筑波山のスフィンクス

 先日、読○新聞が訴えられたと言う。
無理なノルマをこなせない販売店への商契約を強引に打ち切ったからだと言う。

 いきなり新聞が来なくなった販売店は、商売が出来なくなったからである。
実際の客が6〜700でノルマは1千部以上では、営業は大変である。

 チラシなどで儲けて穴埋めするのがやっとだそうである。
それで、ノルマを減らしてくれと言ったら、商契約が打ち切られたそうである。

 もう二度と新聞は送られて来ないのだと思う。しかし、大事なはずの読者をも馬鹿にしている。
日本のマスコミとは、まさに「増すゴミ」である。

 毎日、膨大な量の新聞紙を捨てているのである。
訴状の内容は見ていないので知らない。

 しかし、一度に3店舗にした仕打ちなのだそうである。
新聞社の言う正義、公正とは何か。考えてしまった。

 読○新聞も旭新聞、毎月新聞ほどではないが質は落ちたと思う。
自然保護のためにも、余計な木は切らないで欲しい。

 多くのマスコミは、悪そのものである。

    +(-_-;) 


 光の世界

2008/03/22

 社主が選んでくれた今日の一枚である。12体の金龍神である。
まさに光の世界である。腐った貨幣ではどうにもならない世界である。

光の世界1

 不思議な芸術は、人知が及ぶところではない。
下は、鳳である。全部で18羽居た。いろいろな方が乗っておられる。

光の世界2

 まだ一週間前だが、遠い日の写真のような気がする。
下は、夕闇迫る土手の上から写した夕日である。

光の世界

 次回のターゲットは、あの夕日の辺りにあると思う。
気が向いたら、愛車を漕いで取材に行きたいと思う。

 神々のお喜びが嬉しい。

    +(-_-;) 


 葬られた記録

2008/03/21

 ポンポン山シリーズを掲載中に、富山の方から写真が送られてきた。
訪問者の皆様は、大国主、建御名方神様がペルシャに縁が深いのは、既に理解されていると思う。

笹倉神社鳥居

 この神社を見ていたら神霊が感応した。今のイランから来たのだそうである。
時代はササン朝ペルシャの時代(12代)だったそうである。それで笹倉神社なのだそうである。

 下は古墳である。
雰囲気は前玉神社(さきたまじんじゃ)のとも似ている。

笹倉神社古墳

 そう言えば、白笹稲荷神社にも建御名方神様は来て下さった。

かっての大国、ササン朝ペルシャと日本が縁がなかったはずが無い。少しご紹介する。



ササン朝

224年アルダシール1世が創建し,651年イスラム教徒に滅ぼされたイランの王朝(ササン朝ペルシア)。
西アジアの広大な地域を領有し,ゾロアスター教による神政政治の下に,行政・司法制度が確立し,イラン古代史上最隆盛期を画した。

歴代約30人の王があったが,初期のシャープール1世(在位240年―272年),シャープール2世(在位309年―379年)はアルメニアの帰属と宗教問題でローマ帝国と戦った。
末期のホスロー1世(在位531年―579年)の統治下では,イエメン遠征やエフタル族攻撃など外征に国威を示し,公正な政治を行い,同朝の最も輝かしい時期をつくった。

その後は内紛により弱体化し,ヤズダギルド3世(在位632年―651年)の時,642年ニハーワンドの戦でイスラム軍に敗退,事実上滅んだ。(管理人注。これはアブラハムの偽宗教の軍隊に敗れたそうである。)

427年間存続したこの王朝は,都市や官僚制の整備,文学的発展,ゾロアスター教による精神文化の面で,この直後のイスラム時代に対し大きな影響をもっただけでなく,東西交通の要衝を占めたため,ネストリウス派キリスト教の国内布教を認め,中国にまで伝える役割を果たした。

 ササン朝は美術面でもすぐれた遺産を残し,西洋はもちろん,中国,日本にも広く影響を及ぼした。
建築では木材,石材に乏しいため,煉瓦や割石を用いたアーチ,ボールト,ドームによる構造が主で,柱や梁(はり)はほとんど見られない。

 技術的には方形プランの上にドームをのせるために発明されたスキンチ・アーチが注目される。
彫刻は多く磨崖の浮彫で,スケールが大きく,量感と力のあるのが特色。

 ターク・イ・ブスターン,ナクシ・ルスタム等の場所に集中し,戦勝記念碑や叙任図,帝王狩猟図が多い。
 工芸では金工が特にすぐれ,鋳造,彫金,打出し,象嵌(ぞうがん)等各種にわたる。
 鳥獣,植物など豊富な装飾モティーフをもつが,帝王狩猟図が最も多い。


 ササン朝が滅亡後、ローマが猛威を振るったのは当然である。
ゾロアスターは既にご紹介したように、地祇、稲荷神の佐田彦大神様(猿田彦大神様)である。

 佐田彦大神様も白笹稲荷神社に来て下さった。
物分りの遅い、わが身をご容赦いただきたいと思う。

    +(-_-;) 


 ポンポン山へ(5)

2008/03/20

 ポンポン山のまとめに成った。
下はお社から覗いたご神体である。

ポンポン山へ(5)1

 下から写した岩肌である。
昔は、木が一杯でこんな岩とは思わなかった。

ポンポン山へ(5)2

 こちらは大明神様、神々である。
八柱の神々が来てくださった。今も光が凄い。
ポンポン山へ(5)3

 これは羊歯(しだ)である。これは胎蔵界への入り口に生えるのだそうである。
吉見の百穴近くの岩窟ホテルにも、大きな穴と共にあった。

ポンポン山へ(5)4

 これが、現在のポンポン山である。
やはり巨大な隕石の様である。
ポンポン山へ(5)5

 この岩が着陸するところが玉座なのだそうである。
それが前方後円墳の姿だそうである。

 バベルの塔やジクリッドは大きいと思ったが、この玉体が着陸するには、必要な大きさだったのである。
埼玉古墳の前方後円墳は、ナスカの地上絵の様に、空から解るように造られたのだそうである。

 皆様も、太古の真実が理解できたと思う。
玉将と王将は天と地の違いである。神と悪魔の戦いが将棋のようである。

    +(-_-;) 


 ポンポン山へ(4)

2008/03/19

 いよいよご神体に対面である。
三峰神社の祠があった。意味は深い。お狐の皆さんも一緒に居られる。

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 神社を回りこみ、ポンポン山の山頂らしきところが見えた。
ピラミッドの頂点部分のように思えた。

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 これは向かって一番左なのだが、これが異様に赤茶であった。

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 これは中央のである。

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 これは向かって一番右である。

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 見ざる、聞かざる、言わざるである。埼玉古墳にもある。誰が置いたのかは不明である。

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 この辺りが、跳ねると音がするというところである。胎蔵界に通じている。

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 ここに上古10代の大明神様が、伊波以神社(いわい神社)に参られた秘密が書いてあった。
ここには、大国主(大己貴命)が祀られていたのである。

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 それにしても、こんな巨大な岩が、荒川を転げるなどと言う話を作ったのは、一体誰か?
過去を認めない人類は、また滅亡の危機である。

    +(-_-;) 


 ポンポン山へ(3)

2008/03/18

 成り行き上、原伏見稲荷神社のお社をご紹介する。
この写真は、ウエブ上には初めて登場した様である。

ポンポン山へ(3)1

 ここまで上がるのも結構大変であった。

ポンポン山へ(3)2

 湖の対岸から見た黒岩横穴郡である。大明神様が感応された。

ポンポン山へ(3)3

 ここから、横見川に沿ってポンポン山を目指した。

ポンポン山へ(3)4


 10分ほどで、ポンポン山に到着した。
ポンポン山へ(3)5

 ポンポン山の標識である。ここから、また階段を上がった。

ポンポン山へ(3)6

 吉見は殆ど平なのに、この辺が急に山なのは、ずっと理由が解らなかった。

ポンポン山へ(3)7

 獅子封じ塚と言う標識があった。この悪い獅子はやはりイの獅子だったそうである。

ポンポン山へ(3)8

 こちらは公園の解説である。確かに見晴らしは良い。

ポンポン山へ(3)9

 ついに、高負彦根神社に到着した。日本にここしかない。多甲=高負という事らしい。
甲は兜で、負は「ひ」を現す。彦は日子とすると、高負彦根の意味は「高きもののもと」ということである。

ポンポン山へ(3)10

 案内によると、かっては玉ほこ山と言ったそうである。
心にしみる呼び名である。

ポンポン山へ(3)11

 高負彦根神社の看板を目の前に、不思議な感覚であった。

ポンポン山へ(3)12

 参拝中のカップルがいた。社主がとても相性が良いといっている。
皆様もそう思われると思う。

ポンポン山へ(3)13

 神社の下から、大きな波動が響いてくる。
ここも、胎蔵界への入り口なのだそうである。

 明日は、いよいよご神体の紹介が出来ると思う。

    +(-_-;) 


 ポンポン山へ(2)

2008/03/17

 掲示板にも伊波以神社のことがあった。
上古の九代、10代の大明神様が降臨してくださった理由は、明日以降にお知らせできると思う。

 下は大明神様の拡大写真である。

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 神社から出て、すぐに保養施設の案内があった。
ちょっと覗いてみた。

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 なかなか立派な建物である。
以前は青年の家であった。

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 そこの窓からは、八丁湖が見えるのだと思う。
日帰り入浴が6百円だそうである。入りたかったが、その思いは叶わなかった。。

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 遊歩道入り口の案内看板である。

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 その右手前方に、やはり巨大な石がある。
その石の向こうで田中大神様が感応された。この時点では理由が解らなかった。

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 この巨石が、かっての荒川を転がってきたと言う説明は、大変無理であると思う。
この石もやはり金星から来たのだそうである。これなら納得できる。

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 何処にも居る猫の食事風景に出会った。飼育係りのおばさんもいた。。
私は、こんな風景を見ていると心が休まるのだが、そうで無い人がいる。これが、闇から来た者たちである。

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 暖かい日で、亀が沢山出てきた。

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 目的地の一つが近づいた。
黒岩横穴群である。

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 八丁湖は護岸工事中で水が減っている。
黒岩横穴群の案内があった。

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 何と、調査したのは冑山の根岸さんであった。
これもご先祖様の引張りで成功したのだが、本人は何も知らなかったと思う。

 出土した金属器など、日本の6世紀にはなかったと思うが、それらは何処に消えたのであろうか?
秩父で和銅が出たのは708年である。

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 そして、何と原伏見稲荷神社と言う鳥居が出現した。
田中大神様が参られたのは、このせいである。ただ、この先に、お狐さんはいない。

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 古代の原生林のようなところに、巨大な大明神様がご降臨された。
白笹稲荷神社にご降臨された、上古の初代様である。

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 この大きな公園部分は、金星から来た巨石郡の岩屋だったのだそうである。
宇迦之御魂大神様まで感応された。→「コン」

 金星は神々の縁の深い星なのである。
明日は、ポンポン山をご紹介できると思う。

    +(-_-;) 


 ポンポン山へ(1)

2008/03/16

 昨日は大変良い日で、私もポンポン山に出向いた。
子供の頃に八丁湖へは自転車で行ったことがある。50分程度だと思った。

御成橋

 荒川を渡ると吉見町である。
この橋を自転車で渡るのは、数十年振りである。ちなみに歩いて渡った事は無い。。

荒川

 これが埼玉県民と東京都民の命の水である。
昔は、船で江戸と行き来が出来たそうである。

吉見町

 吉見に入り、道を旧道に変更、大きなチェックポイントはジュースの工場である。
この工場まで来ると、八丁湖は近い。

ジュースの工場

 農道を走り、山が見えてきた。
八丁湖は、あの裏辺りであると思う。

山の遠景

 自転車は快調に進み、山のふもとにやって来た。
土曜日で歩いている人も多かった。

もう直ぐ八丁湖

 もう少しで八丁湖という所まで来たら、大切な神社が出現した。
皆様も解ると思う。神社の右手上の太陽の下に、大明神様が居られる。

伊波以神社

 大明神様が待っていてくれたのだそうである。
私は自転車を降りて、境内に入り、心の中でお祈りして拍手を打った。全く自然であった。

 居られたのは上古の九代様と、10代様である。九代様は愛宕神社に来てくださった方である。
そして、10代様は大国主と言われる方である。久しぶりに地球に来てくださったのである。

大明神様

 それは、とても大事な土地の事だからである。
伊波以神社(いわい神社)という所らしい。勿論古墳である。

    +(-_-;) 


 廃墟

2008/03/15

 こちらは冑山(かぶとやま)の西に当たる。
森林公園の周辺である。

森林公園1

 写真で見ると、下のようである。
ナメクジが沢山集まっているように見える。最初は気持ちが悪かった。自然破壊もいいところである。

森林公園2

 ここもフリーメーソンが来たのだそうである。この山の傍は大岡と言う地名である。
比丘尼山横穴郡と言うのが見える。

森林公園3

 森林公園にも、大きな水溜りがあった。
昔、行ったことがあった。

森林公園4

 その脇にあったのが、不思議な湿地である。
ここの方は、大きな方で、牛頭の兜を被り、やはり上部に飾りのついた杖を持っている。

 これは岩舟の操縦桿なのだそうである。この方は司令官である。
クエート(AL Kuwayt)から来たそうである。

   このALと言う接頭辞はフリーメーソンがいたことを示すのだそうである。→稗田阿礼(ひえだのあら)
そして、東、明けの明星(=夜明け前に出る星、金星)を現しているのだそうである。

 立派な兜はバグダッドで作られたものだそうである。
冑山とは良い地名だったと思う。

    +(-_-;) 


 明けの明星

2008/03/14

 明けの明星とは、言うまでもなく金星である。
この太陽系で地球に似ているのは金星と言われている。

金星

 以下の内容は、多くの部分を、愛用の百科事典を引用した。金星は胎蔵界(地下文明)である。

 金星は太陽系の第2惑星。太陽との平均距離1億0821万 km(0.72天文単位),公転周期0.615年(225日)。
極大光度−4.4等。半径6052km(地球の0.96倍),質量は地球の0.82倍,表面重力は地球の0.91倍,平均密度5.24g/cm3。周期243日で公転と逆向きに自転する。

 地球から見て太陽の東西48°以内を往復するため,日の出前の東の空,日没後の西の空に見えるのみで,真夜中の空には見ることができない。暁の空に見えるときを〈明の明星(あけのみょうじょう)〉,夕空に見えるときを〈宵(よい)の明星〉と呼ぶ。
 月と同様に満ち欠けすることを発見したのは G. ガリレイ。

 金星の表面は密雲におおわれ強く太陽光を反射する。
 ソ連のベネラ8号の測定では,金星大気は地面で約90気圧,約95%が炭酸ガス,3〜4%が窒素で,残りの大部分はアルゴン。平均地表温度約470℃。高度約60km の雲が帯状に流れていることから,金星の大気は大循環しており,毎秒10m ないし100m の風が推定されている。

 雲の粒子は球状で屈折率は1.44であることがわかっており,高温でも液体であり,屈折率のこの値とか金星大気に水蒸気が少ないことから推定し,雲は濃硫酸と考えられる。
 1975年金星表面に軟着陸したソ連のベネラ9号,10号はパノラマ写真を撮影して地球に送信してきたが,起伏のはげしい地形で,かなり角のある直径30〜40cm の岩石と泥土が存在している。

 1978年米国のパイオニア・ビーナスも金星に到着し,写真を撮影,その結果,高さ6km の高地,深さ数 km の地溝,直径250kmの大火口などが発見された。
 さらに1989年に打ち上げられた米国の探査機マゼランは金星表面の詳細な地図を作成,8000m 級の活火山など地殻変動が生じている証拠を発見した。

 金星はギリシア神話のアフロディテ,ローマ神話のウェヌス(ビーナス)と同一視された。占星術ではふつう栄誉・富・幸福をもたらすとされ,錬金術では銅のシンボル。

 長い間、理解できなかった日本神話であるが、やっとその入り口が見えたと言うところである。
金星は天皇家とも大変に縁が深いのである。→「コン」

 この先は、まだ誰にも語った事が無い。
金曜日であるが、金星からGODSの皆さんが40名も参られた。

 沢山いて解らなかったが、社主が勘定してくれた。
今日も岩舟で飛んできたそうである。

 岩舟は、アミの円盤のように見えなく出来るのだそうである。
とても自然な話であった。

    +(-_-;) 


 別所沼の人々

2008/03/13

 以前、別所沼の周辺は他国から来た人が住んだと書いた。
地中海のほうから来た人たちである。それで別所である。

別所沼

 閏戸と言い、別所と言い、八丁湖と言い、大事なところには必ず大きな水溜りがある。
色々なものが沈められ(=静められ)ているそうである。

 その下のほうにも、先日の「根岸」があった。
ありがたく、浦和の方からメールが寄せられました。気がつかなかった。

 半世紀も埼玉県民をやっているが、浦和は役所くらいしか用は無い。
下が、浦和の根岸である。

根岸

 根岸さんは30軒ほどあるようである。

    +(-_-;) 


 飛騨の国

2008/03/12

 昨日の冑山は、多甲と繋がっている。
甲とは「かぶと」とも読むからである。そして、光、皇、高・・である。

 写真は飛騨の山である。飛騨高山は有名である。こちらの大明神様は上古の16代様だそうである。
飛騨は、神々の多い土地である。

飛騨

 飛騨の「騨」も「かぶと」である。
かっては飛州とも言ったそうである。

 先日の神社ではないが、ここ飛騨には胎蔵界への入り口がある。
飛騨の「騨」には、あし毛に白い模様のある馬と言う意味がある。

 その馬が空を飛んだので「飛騨」と言う事に成る。UMとは疑いをあらわす。しかし、大明神様は写真に映っている。
単とは「丹」でもある。丹沢、丹波の丹は「あか」「赤土」を現す。硫黄と水銀の化合したものとある。

 丹頂とは赤丸の事であり、道教の丹とは不老不死の薬である。
そう言えば、立山に上り、そこから金星に行って岩船を造っているという方が居た。材料の石を「カル」と呼んでいた。

 岩舟の材料は。地球の石灰岩に似ている様である。
推進のパワーは宇宙の力である。

 聖書に、何も無いところに地を造られた神を怖れよとある。
馬鹿なロケットは悪魔の産物である。

    +(-_-;) 


 冑山(かぶとやま)

2008/03/

 冑山と言うと、すでに皆さんもピンと来るかと思う。
多甲から近いところに、冑山はある。

冑山の地図

 ここは大里郡というところであった。根岸と言う旧家がある。
根岸家の文献と言うのが、鴻巣の図書館にあった。百科事典くらいある。

 根岸と言うのは埼玉県大里郡の苗字である。
大里は王の里だったと言う人も居る。「岸」や「武蔵」の事も皆様は既に知っているので、目の前の事実は容易に理解できると思う。

根岸姓の件数

 その根岸家の近くに、冑山神社というのがある。
地図でも、円墳であるのが判る。

冑山神社

 大里村と市田村は現在は熊谷市になった。
立派な円墳には、ちゃんと神様が居られた。もちろん6世紀以降のものではない。

冑山神社2

 皆様も、大きな古代の真実を見ることが出来たと思う。
点は繋がり、大きな線になってきたと思う。

    +(-_-;) 


 ポンポン山の秘密

2008/03/10

 掲示板に登場したポンポン山は地元では有名である。
金星から来た岩船である事は、もう少し内緒にしておこうと思ったが、成り行きでばれてしまった。

ポンポン山

 方向的には八丁湖の上である。高負彦根神社というところである。
下が、上から見た写真である。

ポンポン山

 田甲と言う地名が見えると思う。昔から不思議だった。
甲乙丙丁と言うのは皆さんが知っていると思う。昔の人の通信簿では無い。

 この神社にも、イの霊が居る。日記を書いていたら感応した。
未だにローマのために働いているのである。給料ももらえないのにである。

 とても悲しくさびしい事であるが、軍隊で洗脳された人はそうなってしまう。
上官に来て任を解いてもらいたいのだと思うが、その日は来ないのである。

 新興宗教も同じ事を真似しているのである。
多くの野望は、膨大な数の犠牲者を生むのである。

 権力者は、質素で無いといけない。

    +(-_-;) 


 太陽の国から

2008/03/09

 昨日から江ノ島が掲示板で話題になっている。
江ノ島とは、エジプトから来たので江ノ島と言う。

江ノ島

 不思議な烏帽子岩や亀岩がある。
烏帽子岩は以前ご紹介した。下が亀岩である。

亀岩

 実は、この江ノ島自体が、大きな岩舟だったのである。
そして、天照大神様と縁の深いエジプトから飛んできたのである。→「コン」

 木星の牛頭さんが来て教えてくれた。
この方は、ドラゴンボールに出てくる方に似ている。身長は2m80cmほどある。

 江ノ島は、下の写真の近くから飛んできたそうである。
不思議なUFOの基地のようなところの近くだそうである。

エジプトのあるところ

 何故エジプトから来たのかといったら、エジプトが乱れてしまったからだそうである。
出エジプトの話しに似ていると思う方は、真実に近いかもしれない。→「コン」(太田姫稲荷神社のお狐さん)

 聖書の原典は、誰も読んだ事が無いのである。
何度も書き直されたのが、今の聖書なのだそうである。

    +(-_-;) 


 棟梁運

2008/03/08

 棟梁運とはよく言う。
これは人の上に建つ資質である。これが無いと組織は維持できない。

 一番小さなのが、班長や伍長といったところである。伍長とは5人の長である。
会社では係長くらいかと思う。

木の花

 色々な大きさの棟梁運がある。
社主は、これを見て、手伝えるかどうかを判断できるのだそうである。

 私のサイトに来る皆さんは、新興宗教に洗脳されない良識ある棟梁運を持っている。
これは、生年月日などで判断できるものではない。

 神々、眷属の皆さんが手伝ってくださる事である。
運とは巡り行く事である。転ばぬ先の杖が棟梁運の大きさである。

 人生で最大の過ちは殺生である。人を殺すも、自分を殺すもである。
第2次大戦の、アメリカの爆撃機のパイロットは、爆弾を落としても、下がどうなっているかは分からなかったと言う。

 これも不幸であると思う。
皆さんは、この人には悪気が無いので呪われないと思われるでしょうか?

 ノーベルは爆薬(ダイナマイト)で多大な財産を作り、その罪滅ぼしにノーベル賞は創設されたと言う。
やはり、地獄の底を抜けて、その下に落ちてしまったそうである。

 財産は罪産とは、よく言ったものである。
宇迦之御魂大神様が火薬を作ったのが地球人類の過ちだったと言っておられる。

 彼らには、棟梁運が無かったのだそうである。
何故か、納得がいったと思う。

    +(-_-;) 


 家族の絆

2008/03/07

 家族に新興宗教に洗脳された方がいると不幸である。
悪しき霊は、絆、同じ振動数のDNAに惹かれるからである。

20080307お花

 新興宗教に入っていると、はっきり言って、薬物中毒と同じ様だと思う。
当然経営側は、人を洗脳して金を貢がせるので、それは自然である。

 すべてが金のために存在していると信者を騙しているのである。
多くの教祖自体が野狐や蛇に騙されているので救いなどあろうはずは無い。

 騙されて不幸なのは、本人より家族である。悪しき者がやってくるからである。
これは役人の家族、子孫でも同じ様である。

 役人は、庶民から毟り取った税金でのうのと暮らしている。
役人と言っても、汚れ役が多いのは当然である。税務署の徴収官から死刑執行人までいる。

 昔は首切り役人も居た。行田の忍藩にも処刑場があったと言う。
悪い王は手首を切り落としたものもいた。→手塚

 そのような者は生まれ変わって業が出る。先日も息子の手首を切り落とした父親がいた。
悲惨な魂のレコードは、あるとき回転するのである。

 この様な業のある人は早く清めないといけないが、気づく人は少ない。
士農工商も、その下に穢多(エタ)、非民という身分があったと言う。

 穢多の人は牛馬の遺体処理、罪人の処刑にも使役されたそうである。
皮革業に従事するものが多かったそうである。南河原(現行田市)でもスリッパ製造が多かった。

 色々なところで業を造ってしまった方が多いようである。
家族の中にあっても、これは吹き出物の膿の様である。

 上手く出さないと、痛みは消えない。

    +(-_-;) 


 前世の事

2008/03/06

 前世の事は多い質問です。沢山の方からお尋ねが来ます。
人によって、その転生期間は様々です。数百年から、数千年までです。

花

 以前にも述べましたが、波動とは回転から生まれます。
この太陽系の波動の高い星、木星、金星、土星は1日が地球時間で11時間ほどです。

 人がいなくなった火星は、23時間です。そして地球が24時間です。
地球の波動は、この太陽系で最低レベルです。それで信じられないほど犯罪が多いのです。

 一度地球に生まれると、他の星に解脱しづらいのはこのためです。
それで、悪魔の星である天王星と地球を輪廻する魔界転生と言う者も出るのです。

 天王星は太陽に対し、地軸が98度に傾いているので、灼熱地獄と寒冷地獄があるのです。
ここまでは、年長組の訪問者の皆様は理解されている方が多いと思います。

 前世を説明する上で、現在と全く違うのは寿命や文化です。
多くの人は、自分が数百歳まで生きたなどと理解できません。石の玉を造った人もいるそうです。

 それで、前世の人生の中で、沢山移動した事も理解しない方もいます。
理解できないのは、本人の問題です。

 どの程度まで、質問者に教えて良いかも考えています。人によって違います。
私にそんな気は無いのですが、全てを見透かされ、恐ろしくなったと言う方もいたからです。

 何を見てあげても、私のところには規定の料金表も請求書もありません。
お金の価値は、人によって違うから当然です。お金の価値どころか、命、人権さえそうです。

 人の生命、財産、誇りを軽んじる役人が多すぎます。必ず天誅は下ります。
この地球を滅ぼすのは、私から見た、飛行機、自動車に乗る、たった一人の「貴方」です。

 アミが、地球を滅ぼすのは、最後に垂れる、たった一滴の水だと言っています。
深い意味です。動物を殺して、死骸を喰らうのも、宇宙から見たら大変な罪です。→「コン」

 日々、自分の思い、行動を返り見るのが良いと思います。

    +(-_-;) 


 猿田彦の命

2008/03/05

 こちらは、先日行った浦和の岸町の天神山にある、猿田彦命(佐田彦大神)の石碑である。
皆さんがご存知のように、天神地祇とは宇迦之御魂大神様(天神)と佐田彦大神様(地祇)である。

佐田彦大神の石碑
 天神が天の神なら、地祇は国土の神である。
沢山の国を訪問され、人々を指導されたのが佐田彦大神様である。

 真に記録とは正しく伝わらない。
多くの神と呼ばれる方が、この地に参られたのだそうである。

 蓮田白岡にも行かれたと言っている。
古墳が沢山ある大事なところである。山ノ神沼と言うのが見えると思う。川のあとにしては不自然である。

山ノ神沼

 大事なものは多くが水溜りに沈められているのだそうである。沈めたのは、勿論侵略者たちである。
八丁湖や牛久沼、霞ヶ浦、北浦といろいろある。中でも大事なところは悪霊(=元役人)が守っている。

 沼の下の綾瀬貝塚と言うところが大切である。
あの貝塚は、食した貝の殻を、ただ捨てたのではないのである。考えても、貝殻を一箇所にまとめて捨てる必要はない。

 日本の99.99%の人は貝塚を料理屋のゴミ捨て場のように思っている。
事実を知っている人は真実を語らない。

 小学校で教わった事を鵜呑みにして、何も気づかず人生を終えていくのである。
これが悪魔のシナリオである。

    +(-_-;) 


 両面宿儺の山

2008/03/04

 訪問者様にタイミングよく写真をいただきました。
写真を送っていただいた皆様には、この場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございました。



 狛犬が着ていたので何処から来たのかと思ったら、ここの狛犬であった。

 道は険しいそうである。邪霊がいたので写真は公開できません。
秘密がばれないようにしている者たちです。あちこちにいます。勿論、元役人です。悲惨です。



 両面宿儺の足跡の案内です。



 下が、足跡だとされています。



 こちらが日輪宮、日輪権現と書いてあります。



 この神社の裏には太陽石があるそうです。
見ていたら、宇迦之御魂大神様が感応されました。大事なところです。

 高屋山というそうです。勿論ピラミッドです。
後ろは乗鞍岳だそうです。乗鞍岳、鞍馬山と鞍がキーワードです。その先が金星です。



 これを知っているのは、皆さんくらいです。

    +(-_-;) 


 飛騨の水無神社

2008/03/03

 あるところから行き着いたのが飛騨一宮水無神社(ひだいちのみやみなしじんじゃ)である。
両面宿儺を調べていて、行き当たった神社である。両面宿儺は胎蔵界の方だそうである。

水無神社

 この神社は諏訪大社の建御名方神様と深い関係があるのだそうである。応神天皇も祭られていた。
御祭神は16柱をお祭りしているそうであるが、実際は八柱だそうである。

 八王子神社とは、八柱(やはしら)神社が多いそうである。御祭神が八柱と言う事である。
天王の子が王子と考えると、理解がしやすいと思う。

 岐阜の飛騨には地球の裏側に繋がる地下道がある。→「コン」
密教で言う胎蔵界とは地球の内部の事である。金剛界は宇宙の事である。

 地球の内部は、この地表とは違う法が支配している。胎蔵界の法、金剛界の法は魔界(=この地上)とは法が違うのである。
様々な地下道が世界をリンクしている。そこを走るのにはスノボー板のような乗り物が必要である。

 動力は無いのに走るのである。しかも光速である。
乗っていると早くは感じない。水辺に沿って走るのである。出入り口はゲートがある。

 変なものが入ってこないようにである。
メキシコでは、この板が大量に見つかっている。何に使ったかは、当然不明である。

 そう言えばエジプトでも地中から木造船が見つかっている。あれも飾りではない。
岩船と、木造船は金剛界、胎蔵界での乗り物だったのである。

 船の材料の木も石も特殊なものである。→「コン」
ここから先は神の世界である。

    +(-_-;) 


 弘法大師のご苦労

2008/03/02

 一昨日、天神山から、中仙道を大宮方面に歩いた。
実は、訪問者様から、弘法大師の入滅の地があると聞いたからである。

中仙道

 調神社から歩いてくると、信用金庫は右手に見える。
これは大宮方面から撮影した。

 地元の訪問者様によると、成就院と言うのがそうなのだと言う。
調神社のお狐さんが案内してくださった。石碑の右手にいるのがそうである。

成就院

 実は、この傍にも稲荷神社があって、そこの狐は調神社の稲荷狐の手伝いをしているのだそうである。
もう少しで、稲荷狐に成れるところまで来たそうである。

 かなりの稲荷神社なので、狐も稲荷狐かと思ったのだが、もう少しだそうである。
この石碑を入ったところに成就院はある。

成就院

 一般的には、弘法大師は高野山で眠っていると言う事になっている。
これは、高野山の営業のためなのだそうである。

弘法大師

 浦和には弘法大師、興教大師、日蓮・・等、沢山の大師が来たのだと言う。
それで、「ウラ」の和である。もちろん、表の地名の解釈は違う。「レッズ」にかけてWe are Godsという感じかも。。

 既に皆さんの予想の通りである。
ここで、金星から牛頭さんが参られた。世間一般では神様(GODS)である。

 実は、浦和には割られていない玉があるのだそうである。
それは浦和図書館の北にある玉蔵院なのだそうである。読んで字の如しである。

 勿論私も全く知らなかった。お寺の宝物が、金星から来た石の玉なのだそうである。
金星から12個が浦和に飛んで来て、割られて無いのは、この一個だけだそうである。

 欲の亡者は恐ろしい。ところが、これが薬石に成ったのだそうである。
昔は古墳のミイラまで薬にされてしまったと言う。昔は金もちにミイラの粉を売っていたのだそうである。

 信じられない恐ろしい薬屋の商魂である。商とは中国にあった国、殷の事である。
変な薬、変な人は注意しましょう。

    +(-_-;) 


 お狐さんの喜び

2008/03/01

 3月に成りました。昨日、調神社に呼ばれて、お参りに行ってまいりました。
するとお狐さんに、綺麗な首飾りがついていました。

お狐さんに首飾り

 お狐さんがとてもお喜びです。石像の隣にいるのが筆頭さんです。
お狐さんはこれを見て欲しかったそうです。今日は沢山の人が来ると思います。。

 電車で、浦和に向かう途中で牛頭さんが参られました。
昨日、調神社の近所の方からメールがあって、天神山というのがあるということでした。この方にも「角」がありました。気がつけてよかったです。

 それで来て欲しいと言うことでした。その前に、調神社傍の岸町不動尊にも呼ばれました。
とても忙しかったですが、お狐さんのご案内で行きつきました。

岸町不動尊

 像の周りに沢山のお狐さんが居ります。
社主のお社のようです。

岸町不動尊2

 ここから、地元の人が言う天神山に向かいました。
地図の起志乃天神というところです。調神社から5,6分かと思います。途中に日蓮の駒繋ぎの欅とかの碑がありました。

 日蓮の石碑は事故にあった方が傍にいるので写真を公開できません。
下が、起志乃天神の地図です。調神社の元宮とも言われているそうです。

天神山

 ご神体が本殿の中にあるのかもしれません。
ここも結構な山の上です。玉はやはり割られてしまったようです。

起志乃天神

 天神さんにつきものの梅です。菅原道真は牛と梅が象徴です。

梅

 こちらが由緒です。本当は、この神社が何時からあったかは、誰も知りません。

由緒

 そう言えば、調神社の由緒にも、神倭朝の第九代開花天皇のことが記されています。

本殿

 事実は、もっとずっと昔です。
ここにも、光り輝く玉体が降臨したのです。全部で12の玉体がこの地に降臨したそうです。

 その一番大きなものは、今の県庁の場所に下りたのだそうです。
あそこは高砂と言います。

 ここまで書いたら青鬼が邪魔に来た。能が無いものを青二才などと言う。
青鬼は、当然、空を飛べなかったそうである。

    +(-_-;) 

 
 
 
 
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