御祭神

常世岐姫命 常世とは常夜の事である。
聖書のアダムとイブのうちのイブ(夜)が、この姫である。

アダムは旧約聖書の《創世記》に記される最初の人ないし人類。〈神に似せて〉アダーマー (土)から造られ,エデンの園に置かれ,妻エバ(イブ)を与えられるが,蛇の誘惑に負けて 〈知恵の木の実〉を食べ,楽園から追放された。新約聖書は,アダムにより人類に死と罪が もたらされた(原罪)と語る。

アダムに騙されたイブは、楽園から、ここ埼玉の渡柳にやって来たのだそうである。
渡柳には、大きな古墳が、まだ3つ残っている。ここ常世岐姫神社も古墳の上だそうである。

楽園とはアラビア半島のイエメンである。下は常世の楽園の跡である。



 




 悲惨なイブの地である。馬、鹿とはここから来たそうである。中国人は馬鹿は「ばろ」と発音 するそうである。イブはアダムに騙され苦労したそうである。



菅原道真公 菅原道真 845‐903(すがわらのみちざね)

 平安中期の学者,政治家。是善(これよし)の子で代々学者の家柄であった。文章(もんじょ う)博士となった後,讃岐守(さぬきのかみ)となった。阿衡(あこう)事件の解決に努力して宇多 天皇に信頼され,藤原氏を押さえるため,藤原基経の死後蔵人頭(くろうどのとう)に抜擢(ば ってき)された。899年藤原時平が左大臣になった時に道真も右大臣に任ぜられ,学者として 異例の出世であったが,901年時平の中傷により大宰権帥(だざいのごんのそち)(大宰府の 現地での実質的な長官)に左遷され,そこで死んだ。

 894年遣唐使の中止を進言したことは有名。後世天満(てんまん)天神として全国的に信仰 された。編著《日本三代実録》《類聚国史》,漢詩文集《菅家文草(かんけぶんそう)》《菅家後 集(こうしゅう)》など。⇒菅原氏

阿衡事件 (あこうじけん)

関白藤原基経(もとつね)がその権勢を宇多天皇に認めさせた事件。887年秋,宇多天皇は即位して基経を関白と したが,慣例により一応辞退した基経に再度〈阿衡の任(にん)をもって卿(きょう)の任とせよ〉との詔(しょう)を与え た。詔は帝の信頼厚い橘広相(ひろみ)が作成した。広相を嫉妬(しっと)していた藤原佐世(すけよ)から,阿衡は中 国古代の官名で実権はないと聞いた基経は,若い帝に自分の権勢を認めさせる機会と考え,半年間政務をとらな かった。困惑した帝は学者に諮問(しもん)したが結論が出ず,ついに広相に責任をとらせて詔を訂正し,888年夏, 天皇と基経は和解した。

宇迦之御魂命 皇統の大神、伏見稲荷大社の主祭神。インド、ペルシャで太陽神ミトラと呼ばれた。
倉稲魂命は当て字の違い。こちらの表記も多い。
譽田別命 応神天皇 (おうじんてんのう)

5世紀前半の天皇。記紀によれば,仲哀(ちゅうあい)天皇の皇子,母は神功(じんぐう)皇后。 諱(いみな)は誉田別(ほんだわけ)。この時期に大和朝廷の勢力が飛躍的に発展。《宋書(そ うじょ)》倭国伝(わこくでん)にみえる倭王の讃(さん)を応神天皇にあてる説がある。⇒応神陵 /⇒倭の五王

応神陵 (おうじんりょう) 

誉田御山(ほんだごびょうやま)古墳,誉田山(こんだやま)古墳とも。大阪府羽曳野市の古市 (ふるいち)古墳群にある5世紀前半の前方後円墳。全長420m,日本第2の大きさと,墳丘の 体積では第1位の規模。二重の濠をめぐらし,周囲には合計8基の陪冢(ばいちょう)がある。 円筒埴輪(はにわ),家形埴輪などが出土した。

大己貴命
おおなむちのみこと
大国主神 (おおくにぬしのかみ) 

日本神話中の主要な神の一人。出雲神話の主人公。記紀では素戔嗚(すさのお)尊の子と も,その6世の孫とも伝え,大己貴(おおなむち)命,八千矛(やちほこ)命,大物主神,葦原色 許男(あしはらのしこお)神など多くの別名をもつ。《出雲国風土記》では天地創造神とされ, 出雲における国土創造の伝承が,記紀と異なっていたことを示す(出雲神話)。そして次第に 加工されて皇室神話体系に組み込まれていったと想像される。少彦名(すくなびこな)命ととも に国土経営,農作物の栽培等を教えたとする伝承は,《万葉集》や《古語拾遺》にもみられ, 大小二神が対で国土の主であると考えられる。《古事記》では須勢理毘売命(すせりびめの みこと)を妻とし,兄弟神にいじめられ,因幡(いなば)の白兎伝説や素戔嗚尊から試練をうけ る説話を含み,天照大神の命に従って,国土を天孫に献上し隠退する。

実際はタイタンの方で、大国主命ではないそうです。写真を比べてください。
建御名方神 建御名方神(たけみなかたのかみ )

日本神話中の出雲系の神。大国主神の次子。事代主(ことしろぬし)神の弟。国譲りに反対 し,武甕槌(たけみかづち)神と力比べをして争ったが敗れ,信濃の諏訪の海にのがれ,ここ に閉居することで帰順した。諏訪大社上社にまつる。

少彦名命 少彦名命 (すくなびこなのみこと) 

《古事記》では神産巣日(かんむすひ)神の,《日本書紀》では高皇産霊(たかみむすひ)尊の
子。大国主神の国土経営に協力したが,伯耆(ほうき)国淡島で粟茎(あわがら)に弾(はじ)か
れて常世(とこよ)国に行った。農業・酒造・医薬・温泉の神として信仰される。

常世とは既に述べたとおりイエメンである。

神産巣日(かんむすひ)神とは稲荷神の中の田中大神と呼ばれる方である。
キリスト教ではヤハヴェの神と呼ばれる方である。

 



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