西入口
前玉神社


題字は御祭神様によるものです。管理人はこんな立派なフォント(字体)は持っていません。。
 
 
せんげんさんじんじゃ
ここには
浅間山神社
の銘「富士山」と書いてあります。

見事な三門です。五社三門の三鳥居です。
さきたまじんじゃ
前玉神社と読みます。延喜式にある神社です。
手水舎
湯本治水翁頌徳碑
 昭和2年(1927)10月建立。
石碑の題字は清浦奎吾、第23代内閣総理大臣による。
 湯本義憲は嘉永二年(1849)に、小針村(現在の行田市小針)の田島家の4男として生まれた。
14歳の時に東京府の馬込家の養子となったが、明治9年(1876)には生まれ故郷へ戻り、埼玉村の湯本家の養子と なった。
 湯本家は小埼沼一帯の土地を所有する大地主だった。
 明治12年、30歳の時に埼玉県議会の議員に初当選し、県会議員を数期務めた後に、明治23年(1890)には衆議院 議員に初当選した。
 治水関連に長けた人物で、明治24年には第一回帝国議会に利根川等の主要河川を国の直轄とする案を提出して いる。それ以降、明治29年まで 計10回にも及ぶ建議を提出した。これらの建議の内容は、重要河川の国直轄化だ けでなく、それらへの早期の高水工事(治水)の実施、及び河川に関する行政制度の確立を提案したものだった。
 湯本は同時期には治水会の会長を努めていた。明治29年に制定された河川法は、湯本の行なった数々の建議の 成果と云っても過言ではない。(→利根川百年史、関東地方建設局、p.488-495)
 また岐阜県知事の就任中には、デ・レイケ(明治政府が招聘したオランダ人)の力を借りて、木曾三川(木曽川、長 良川、揖斐川)の分離事業を実施している。
 行田市埼玉の盛徳寺の門前には、大正5年(1916)建立の道路修理記念碑があるが、その題字は湯本義憲であ る。
 また、填長淵記(氷川神社、吹上町大芦)は荒川の堤防付近にあった湖沼の埋立工事竣工記念碑だが、その寄付 金者にも名が見られる。
建御名方神様です。
桜森稲荷神社のお狐さんです。見事な光です。
上の写真の拡大です。
桜森稲荷神社のお狐さんです。見事な光です。
烏帽子を被った三柱の神様が居ります。
大明神様と「仏(大日如来)」様です。
埼玉県のご案内
  この2本の石柱は、多くの方が見覚えがあると思います。
さいたま市浦和区の調神社のものと同じです。日本を「にほん」と呼ぶのはここから来たのです。

 日本は、本当に神々(GODS)の国なのです。明治政府以降には、軍拡に利用されましたが、神のせいではありま せん。。
大明神様の御降臨。前方後円墳の姿です。
さきたまの津
ケバイのは半島出身の邪霊です。ゴミと思ってください。
 
 10体のお狐の皆さんです。露払いしてくれています。

ジクリッドのような感じです。まさに前方後円墳の姿です。
 御降臨された豊受大神様です。いつも感謝です。
ここは、ご降臨されるにふさわしい地です。
下は伊勢神宮外宮に御祭りされる、豊受大神様の拡大写真です。
埼玉とも大変に縁が深いのです。
こちらは諏訪大社の御祭神、建御名方神様です。いつも、お世話様です。
石の光はフラッシュです。お狐さんは10体居ります。
 木花開耶(このはなのさくや)姫が下の写真に居られます。
木花開耶(このはなのさくや)姫は大山祇(おおやまづみ)神の娘。姉は磐長(いわなが)姫。瓊瓊杵(ににぎ)尊の妃。後 世,富士山の神(浅間大神)としてまつられる。 埼玉火祭りの主人公です。

 瓊瓊杵尊 (ににぎのみこと)とは、天照大神の孫。天孫と称す。天之忍穂耳(あめのおしほみみ)命の子。大神の命 で,日向(ひむか)の高千穂峰に降る(天孫降臨)。木花開耶(このはなのさくや)姫をめとったが,一夜ではらんだのを あやしんだため,姫は産屋に火を放ち,火にちなんだ火遠理命(ほおりのみこと),火闌(ほのすそり)命,火明命3神を 産んだ。

こちらは北本市の東間の浅間神社に御降臨された木花之佐久夜毘売です。
こちらは平成二十一年の埼玉火祭りに降臨された木花之佐久夜毘売です。
 瓊瓊杵尊に嫁いだ木 花開耶姫は、その後、 天之岩舟に乗り、現在 の静岡県の三島大社 の地に舞い降り、その 後御殿場に引っ越して きたのだそうです。 神社というのがあると ころだそうです。

 この石が、天之岩舟 です。祟り石として、移 動が出来ないそうで す。

 全部で23人が乗れ るそうです。瓊瓊杵尊 が持っていたもので木 星のものだそうです。

 今なら、高級車といっ たところです。

 どうやって乗れるかは、今の人には理解できません。太古の皇族の秘密です。
私のサイトで勉強している方は、源頼朝が、ここで源氏再興を願った理由も解ると思います。

下は平成21年度の埼玉火祭り会場の前玉比古命様です。
下のエジプトの土地が、前玉神社の御祭神、前玉比古命の神殿があった土地だそうです。
拡大すると下の土地です。
鉄塔が目印です。ナイル川傍の廃墟と書いてあります。
既に、かっての神殿は廃墟になっています。こちらが前玉比古命です。
さきたま古墳公園航空写真
 
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