古墳創世記

 埼玉古墳で最初に古墳が造られたのが下のところだそうです。
ネフェルテイテイが日本で最初に行った所なのだそうです。
 ここの古墳は、常世岐姫神社にも祭られる神産巣日神、ヤハヴェの神でもあり、ヌビアの神である田中大神様を 祭るために造られたのだそうです。
 
77号線では、このバス停の傍だったそうです。
今は何も解りません。
裏の川から見ると祠がありました。古墳跡の、多くの土地でそうなのです。
こちらの方が写真に居りました。
帰り道の月です。
少し先で、多くの神々、諸霊の皆さんが出てこられました。かっては200以上の古墳があったのだそうです。
富士山にあった古墳の土は、永徳寺周辺から持ってきて、2年4ヶ月の月日をかけ、造ったのだそうです。
古墳を造ったヌビアの皆さんは、下の土地から来たそうです。ナイル川の傍です。
 須田さんの故郷、エジプトのクス、スーダンのクスチから来たヌビアの皆さんは、その後川里村の屈巣、糠田村 (ぬかたむら、現在鴻巣の荒川傍)などに住んだのだそうです。
 それで、星川くらいしか大きな川も無かったのに、川里村だったのだそうです。川はナイル川の事だったのです。
鴻巣市周辺にも須田さんは沢山います。 

 すべての古墳は、最初から言っているように神のための陵だったのです。
 本当は石で造りたかったのだが、土地に良い採石場が無かったのだそうです。

時の権力者が、頭がおかしく、日本でもピラミッドを造らせようと連れて来たのだそうです。これが奴婢です。
ところが、日本では必要な種類の石が揃わなかったのだそうです。

エジプト、スーダンでは120以上のピラミッドがあるのだそうです。口惜しかったと思います。
 愚かで欲の深い権力者は、ピラミッドを自分たちでも欲したのだそうです。
いつの時代も似ていますが、欲の深いものたちにピラミッドは造ってやる事は出来ません。

 今の時代でも、大ピラミッドは出来ないのです。愚かなイギリス人はダイナマイトで破壊しました。
今もエジプトでは、次々と墓荒らしをして居ます。見ていても怒りを覚える方が多いと思います。

 ここに来た子孫の皆さんは、よく遠いご先祖様の事を思ってあげましょう。
 



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