西入口
愛宕山古墳

 
 愛宕神社は本来は火伏の神、迦具土神を祭ると言われていますが、この神は知恵の産物だそうです。本当は拝火 教の神オーラマツダ=アフラマズダ、日本名の建御名方神を祭ったのだそうです。ゾロアスター=ザラスシュトラとは 日本名の猿田彦大神様で、稲荷神の佐田彦大神様です。

 最初に埴輪の解説をいたします。この埴輪はウガヤ朝29代の時のものだそうです。
「つき」とはエジプトです。
愛宕山古墳の埴輪 さいたま市にある、
調神社(つきじんじゃ)のウサギ
エジプトの神殿にある神様の図
(金星の方)
 下は新潟県長岡で発掘された火焔土器です。拝火教を信奉していた方が長岡に来たのだそうです。建御名方神 (オーラマツダ、アフラマズダ)のご縁の方は大変多いのです。
 そのため、長岡では日本最大の花火も打ち上がるのです。ここ埼玉古墳の愛宕山古墳の後ろでも大きな火祭りが 行われるようになったのは、神々のお導きです。建御名方神様が「かさ」と言っています。ここは武蔵国造りの笠原族 の土地です。私は笠原族はエジプトから来たと聞いていました。笠原族は建御名方神様の子孫なのだそうです。
一帯の前方後円墳は、全てが丑寅向きです。明けの明星とは金星です。
駐車場の脇が愛宕山古墳です。
ここです。
 建御名方神様と眷族の方が2柱居られます。これで御柱(3はしら=おんばしら)です。建御名方神様は、海外では 拝火教の神アフラマズダ、オーラマツダ等と呼ばれる方です。悪魔たちは、この様な事実を隠蔽しようとしたのです が、天の力は悪魔を打ち払い、埼玉の土地で火祭りは見事に復活したのです。

 今は毎年数万人が集う大行事と成りました。

 文字通り、拝火教の開祖ザラスシュトラ(猿田彦大神、佐田彦大神様)が言った様に、数千年の時を経て、光が闇に 勝ったのです。
 下は2008年5月4日の埼玉火祭りの写真です。神々が勢ぞろいしています。前世からアフラマズダ、オーラマツ ダ、建御名方神様に縁があった方が多いのだそうです。私のご先祖様もそうだったそうです。

 詳しくは埼玉火祭りのページをご覧下さい。
 下は蓮田の愛宕神社です。埼玉古墳に続く県道77号線の側です。
昔から呼ばれていたのですが、中々行けませんでした。
ここの愛宕神社も、やはり古墳の上でした。大明神様がご降臨されました。
 こちらは神社の入り口です。多くの方に大明神様が解ると思います。上古の九代様に当たる方です。

 太郎子山稲荷神社にご降臨された方の、次の代の方です。凄い光です。側に居るのは、私を案内してくれたお狐さ んです。
 愛宕のつく地名、神社は日本中に沢山あります。
 愛宕神社の元宮は京都の愛宕山です。
 愛宕神社は火防(ひぶせ)の神として祭られたそうです。御祭神は迦具土神ですが知恵の神だそうです。

 迦具土の神の出られた土地は、エジプトです。かぐや姫が来て帰ったのと同じ土地です。かぐや姫が月に帰ったと 言うのはエジプトに帰ったのです。
「愛宕」の元は何処か、稗田阿礼神様にお尋ねしました。下のところだそうです。インドです。

荒川の「あら」もここ(Arrah)から来ているそうです。利根川、荒川に挟まれた埼玉古墳とも感じがよく似ています。
 拡大しても高精度の画像がありません。
この地から、上古23代の時代に、来た方が居たのだそうです。確かに川に挟まれ、火防には良い条件だと思いま す。
ここにも、いろいろなものがあるのだと思います。
さきたま古墳公園航空写真
 
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