日本への出立


 ひえ た の あ ら
稗田阿礼
27歳の乾期に8名で故郷を出立されたそうである。
陸路を辿り、新羅から船で福井に入ったそうである。富山で皇祖皇太神宮に入られたそうである。
福井にも大野郡と言うところがある。
日本には5年ほどいたそうである。その後エジプトに行かれたそうである。
行ったところは、現在のアスワンダムの下流である。
白線の所に、かっての仕事場(役所)があったそうです。ここには天照大神様もいらしたそうです。

下はナイル川の夕焼けである。1300年前はもっと綺麗だったそうである。
環境問題を何とかしないといけない。

舎人(とねり)はインドから日本に来て、その後エジプトに行ったのだそうである。舎人はフリーメーソンである。
稗田阿礼神様は八色の姓(やくさのかばね)で真人(まひと)だそうである。
太安万侶は書面から解るように朝臣(あそみ・あそん) である。稗田阿礼神様は「あそみ」が正しいと言われている。

八色の姓(やくさのかばね)とは、天武天皇が684年(天武13)に新たに制定した真人(まひと) 朝臣(あそみ・あそん) 宿禰(す くね) 忌寸(いみき)道師(みちのし) 臣(おみ) 連(むらじ) 稲置(いなぎ)の八つの姓の制度のこと。

太安万侶は舎人ではなかった。それ故、日本で没し墓も発見されたのである。史実が裏付けられたのは良かった。
英とエジプト、インドは最近まで植民地化や様々な問題を起こした。太古からの確執があったのである。
インドはガンジーが非暴力・不服従で英に打ち勝った。