生誕の地


 ひえ た の あ ら
稗田阿礼
生誕の地
インド 217号線に接した、Bagbahraと言うところだそうである。 Bagb(稗田) + ahra(あら) 
何処にも日本で生まれとは書いてないはずである。
インド、イランの太陽神ミトラを稲荷神である宇迦之御魂大神とされたのも稗田阿礼神である。
古事記には、宇迦之御魂大神は皇統であると述べられている。
稗田阿礼神様はインドでミトラ神を信仰されていたのだそうである。
以下に古代の神、宗教を解説をする。
ミトラとは
 インド・イランの太陽神。〈光明〉〈真理〉〈盟約〉などをつかさどる。アベスター中の〈ミフル・ヤシュト〉は〈ミトラ讃歌〉の意。 ゾロアスター教ではアフラ・マズダの一化身とされた。ペルシア歴代の王朝で崇拝されたほか,西方では密儀神ミトラス(ミ トラス教)として知られた。
 日本では伏見稲荷、笠間稲荷、祐徳稲荷などで筆頭の稲荷神として祭られる宇迦之御魂大神様である。


アフラ・マズダ とは
 ゾロアスター教の主神。中世語形でオフルマズドOhrmazd。元来至高の創造神で,のち悪神アフリマンに対する善と光 の神。アフラは〈主〉,マズダは〈知恵〉を意味し,神像は王冠をいただく有翼の人間像。



 かって管理人は学校の教科書でオーラマツダと覚えていた。日本では諏訪大社の御祭神である建御名方神が、その神 である。出雲にも鹿島神宮にも居られた。
 以上を稗田阿礼神様が宇迦之御魂大神、建御名方神様と呼ばれたのだそうである。翼は稲荷狐である。羽が生えてい るのは見たことがない。あちこちで嘘の神をでっち上げたのは中国人工作員だそうである。

 神代から神々も、中国人には、ひどい目に逢っているそうである。翼があるというのは、かっての神々は岩船で空を飛 べたからである。これが真のフリーメーソンで、金星から来た人の子孫である。

 フリーメーソンは世界どころか、宇宙も自由に飛びまわれたのである。稲荷狐も宇宙を飛び回り、上位の稲荷狐は、過 去も未来も知ることが出来るのである。それで、力ある稲荷狐は、参拝者を幸福へと導けるのである。

ゾロアスター教とは  

ゾロアスター Zoroaster(ザラスシュトラZarathushtra,ドイツ語読みでツァラトゥストラ)がイランで興した宗教。〈マズダ教〉 〈拝火教〉また中国では〈【けん】教〉とも呼ばれ,英語でZoroastrianism。開祖の実在が確実視される創唱宗教として世界 最古級。その根本教典をアベスター,祭司階級をマグ(ラテン語 magi(マギ),英語 magic などの語源)と称し,拝火,ダフ メ(〈沈黙の塔〉)での鳥・風葬など独得な祭祀をもつ。
 善霊スパンタ・マンユと悪霊アンラ・マンユ(のちにアフラ・マズダとアフリマン)の対立・闘争を軸とする二元論・終未論, 聖書宗教の天使の前身と言うべきアムシャ・スパンタ(〈聖なる不死者〉)の観念などは,ユダヤ教,マニ教,さらには大乗 仏教にも影響を与えたとされる。アラブによるイラン征服まで国教的地位を保ち,イスラム化ののちも存続して,インド(パ ールシー教徒),イラン,パキスタンに10万を超える信徒がいる。

ゾロアスターを猿田彦大神、稲荷神の佐田彦大神様と呼ばれたのも稗田阿礼神様である。
ミトラ神、アウラマズダ、ゾロアスターもどちらもインドイランに縁が深いのが解ったと思う。



天神地祇
天界にいる神として,地祇(ちぎ)と並び称される。雷・雨・水などと結びつけられ,荒ぶる神として恐れられる一方,農耕の 神としても信仰された。
この天神が宇迦之御魂大神様であり、地上を案内されたのが地祇である佐田彦大神様である。
宇佐八幡の宇佐はここから来ている。

時系列の整合性
日本で稲荷信仰が最初に興ったのは1300年ほど前の笠間稲荷神社で、稗田阿礼神様の言うことは整合性がとれてい る。
宇迦之御魂大神様も、最初に笠間稲荷にお祭りされたと申されている。
宇迦之御魂大神様、佐田彦大神様(猿田彦大神様)、大国主命、建御名方神様、大山祇(おおやまづみ)神、木花開 耶姫、瓊瓊杵尊、以上の方々はドラビダ人だそうです。木星から来た方の子孫です。
ウイキよりのドラビダ人の説明引用

紀元前3500年頃、イラン高原からインド北西部に移住する。 さらに東、南へと広がって行く。 
紀元前2600年頃、インダス川流域(現在のパキスタン)に、インダス文明を始める。複数の都市よりなる文明である。 
紀元前1800年頃から、紀元前1500年頃にかけてインダス文明の都市は放棄される。砂漠化または気候の変化が理由だ と言われる。 
紀元前1500年頃から、アーリア人のインド北西部への移住が始まる。これに伴いドラヴィダ人はインドを南下する。 
北部支派:インド西部のオリッサ、ベンガル 
中部支派:インド中部のマディヤ・プラテーシュ 
南部支派:インド南部のデカン高原 
紀元前1300年頃から、アーリア人はドラヴィダ系民族を奴隷化し始める。階級制度のカースト制を作り出し、アーリア人は 司祭階級のブラフミンと、王族・貴族のクシャトリア、一般市民のヴァイシャを独占し、ドラヴィタ系の民族は奴隷階級のシ ュードラに封じ込められたと思われる。 
紀元前1000年頃から、アーリア人のガンジス川流域への移住と共に、ドラヴィダ系民族との混血が始まる。アーリア人の 認識は人種ではなく、言語や宗教によってなされるようになる。 
現在では、ドラヴィダ系の人々は南インドを中心に居住している。 

 現在、インドの全人口の25%程度居るようである。
平成20年5月29日 木曜日更新 Bagbahra拡大。
プネ(→船)は水運の拠点だったようである。